第ニニ話 ノックスからの使者(下)

「グティエリスです。言いにくい様であれば、グティでもいいよ。う、ん、カイル、聞き覚えが……ああ、君だったんだね、あの提案は…」


「ちょっと待て! 先にこっちだ」


 話し始めようとしていたグティエリスを止め、本を振る。カイルは、ガガルゴのその様子に違和感を感じて、首を傾ける。


「今回は、かなりギリギリだな」


ガガルゴは、本のページを捲りながら感想を述べた。


「ええ、銃は予備を含めて百五十丁、弾丸も三千発です。前回の輸送で、できる限りの数をコロンに渡してしまったので、現在の生産力ではここが限界でした。予想より早い展開なので、ステラテゴの面々も対処に困っている様です」


「ふむ、それは妖精族も同じだ。炸裂弾も旧型のみか」


「まだ、新型火薬の製造が追いつかないので、そちらに回す余裕が無いのです。少数ですが、実験用に製造中だった物を第二次輸送隊が運んで来ます。後、七日はかかるかと」


「大隊の出発には間に合わんか。出来るだけ持たせてやりたかったんだがな。物資はどうなんじゃ、原材料が無きゃ何もできんぞ」


 ガガルゴは、立派な髭を弄りながら、何も無い天井を眺めて質問する。その表情から頭の中で考え、計算しているのだろう。


「食糧に関しては、アーカディアが便宜をはかってくれているので、以前より改善されていますが、どうやらアーカディアで問題が起きたようで、今後どうなるか。第二次輸送隊と共に、サルス・ピウスが帯同していますので、詳しくは彼女に聞いてください。鉱物資源ですが……」


 グティエリスは、顔を顰め、言いにくそうに続ける。


「セペクラリス鉱山の領有で揉めて、鉱山の周囲は一触即発の雰囲気になっているそうです」


「未だにあの馬鹿どもは! しかもこんな時期に何をやとっるんじゃ!」


 それを聞いたガガルゴは、椅子を蹴り飛ばす様な勢いで立ち上がり、地に響くような怒声をあげながら大きな拳を無実な机に叩きつける。机にあったガラスの食器たちが非難めいた悲鳴をあげた。

 カイルには見えた。ガガルゴの真っ赤な髪が、まるで火山の噴火の様に逆立つのを。思わず、カイルもグティエリスものけぞった。ガガルゴがここまで怒ったのは初めて見たからだった。


 ガガルゴにとって、技術を競い合う争いは、お互いの技術向上を望めるので、歓迎すべき事であったが、属性は違ども同族同士での戦いは忌むべきもので、後に残るのは憎しみと悲しみしか無い事を知っていた。

 それは『神々の大戦』が残した負の遺産である。ガガルゴは、それに嫌気を差して、この辺境の地へ移り住んだのだ。



「我々には悪い事だけではありません。巻き込まれたく無い者たちが、既にノックス南部へ移住して来ました。また、コボルト族も移住を希望しています。

 現在、ノックス各地には、良質な資源が埋蔵されている事は確認されていますが、いかせん、これまでは採掘を行う技術力と労働力がありませんでした。

 しかし、状況が変わりました。彼らを活用できれば、エンカンターダやメドゥラスに依存しなくとも資源が確保できます。そこで、我が師より彼らの取りまとめをお願いしたいとの事です」


 グティエリスは、師から嫌な仕事をさせられた。というより押し付けられた。

 ガガルゴは、決して自らの種族を嫌ったわけではなく、政治的な仕事を嫌ったのだ。彼は、ただ職人として生きたかったからここに移って来ただけで、ドヴェルグ族のことは、誰よりも愛していた。

 何人もの困っている同胞を助け、受け入れてきたのだ。だから同族の恥である身内争いを告げれば、こうなると分かっていたのだ。

 そして、彼が嫌がった政治的な仕事をさせようとしている。答えは、聞く前に分かりきっていた。


「ワシは嫌じゃ!」


 ガガルゴは、腕を組みそっぽを向いて、簡潔に答えた。


「彼らはドヴェルグ王の帰還を望んでいます。ではせめて、王の居場所の心当たりはないでしょうか」


「ワシは知らん!」


 ガガルゴは、ますます背ける。


(この偏屈ジジイめ、じゃ〜これだったらどうする)


 グティエリスは、心の中で毒づきながら暗い笑みを浮かべる。


「では、彼らには退去して頂きましょう」


「ぬっ、何故じゃ! 助けを求めて来た者たちじゃぞ!」


「いえ、これ以上増えると、いざ暴動が起きた場合、私たちヒト族では対処出来ませんので、何せ最弱の種族ですから」


「なんだと! ワシら妖精族がそんな品の無いことをすると思っているのか!」


「いえいえ、エンカンターダとメドゥラスの件もありますので、私たちとしては、不測の事態はなるべく避けるようにしておきませんと。狼との戦いもありますので」


「この小賢しい奴め! テオの差金か!」


 カイルは、ハラハラしながら成り行きを見守っていたが、勝負あったと思った。

 グティエリスは、ガガルゴの誇りと心情を巧妙に利用した。彼は武器を使わない戦士だ。ガガルゴには悪いと思うが、カイルはこんな戦い方もあるのだと、心の中で感心していた。


「では、もう一度お聞きしましょう。取り纏めになって頂けますか」


 グティエリスは、悪い笑顔を浮かべて、ガガルゴに答えを促す。


「ええい、分かった、やってやる! だがな! 口利きだけじゃぞ! ワシはモノ作りが生きがいなじゃだからな!」


「ええ、細かな調整や運営は、ステラテゴと長老会議が、責任を持ってお引き受け致します。ご安心ください」


 今度は満面の笑みで、グティエリスは答えるが、ガガルゴは不機嫌な表情で一気に三杯もグラスをあおる。余程、腹に据えかねているらしい。ふと、カイルとガガルゴの視線が交わる。

 直ぐにガガルゴは、フンと鼻を鳴らして顔を背けるが、思い直した様に顔を戻す。その顔には、妙な笑顔が貼り付いていた。


「おい、グティエリス。そういえば、そこのカイルがな、新型銃について知りたいそうじゃ。ぜひ、詳しく教えてやって欲しい」


「えっ! いいの?」


 カイルは、目を輝かせた。


「よろしいですよ。私の仕事は、明日大隊の皆さんへ取り扱いの講義のみとなりますので、専門家に比べると落ちますが、原理自体は一通り理解しています」


「ではお願いします。あれ、親方も聞いていかないの」


 カイルは、目録の本を片手に持ち、足早に扉に向かっていたガガルゴを呼び止める。


「えっ、いや、おいおいな。これから司令官の所に行って、報告と打ち合わせをしないといけないからな」


 ガガルゴは、そう言うと足早に扉に向かう。扉のノブに手をかけたところで、ふと思い出した様に立ち止まり、振り向く。


「ああ、そうだカイル。ボースにいい酒が手に入ったから、また飲みに来いと伝えておいてくれ」


 そう言い残し、そそくさと部屋を出ていった。

 あ、ボースの酒の入手先が、分かってしまった。

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