第ニ一話 ノックスからの使者(上)

「イタイイタイ、逃げないから放してよ!」


 カイルは、目に涙を浮かべて懇願する。


「都合が悪くなると、さっさと逃げようとするのは、上官たち一緒だな!」


「それがうちの隊の隊規だからね」


胸を張ってカイルは応える。


「ムリに戦うな。ムダに命を捨てるな。効果的に命をかけろ。か、デンスらしいといえばらしいが、元はマグヌスか。だいたいお前たちは、自分たちの価値がわかっとらん」


 ガガルゴは、頭を掻きながら少し呆れ気味に話した。


「えっ、でも、ずっと昔からヒト族は、持つべき土地もなく、世界のあっちこっちを彷徨っていたんだよね。しかも理力を持たないから、他種族に虐げられていた。英雄カインがなんとか妖精族と話をつけて、ノックスに迎え入れられて安寧を得られたって、僕は習ったよ」


「そうだ、そこだ! なぜ、お前たちは理力を持たない? 小さな虫や植物でさえ理力を持つ、そんな存在は、世界中探してもヒト族だけだ。どうしてだと思う?」


「そんな〜、アスクラ先生でも分からないこと、僕が分かる訳ないじゃないか!」


「そこで思考を止めるんじゃない! 考え続けることが、ヒト族の信条だろうが! お前たちの先達は諦めが悪かったぞ!」


 それを言われると、カイルはぐうの音も出なかった。と、しばらく頭を悩ましていると突然閃きがよぎった。


「あっ、思い出した! コアが理力を発動させるんだった。だから、コアを持たない僕らヒト族は、理力を発動できない」


「まったく、アスクラの奴は優しいからな。弟子には厳しくあたらんと覚えんじゃろ。カイルも聴いているだけじゃと身に付かんぞ。聴いたことをどう活用したかが勉強って言うんじゃ。知っているだけじゃと単なる頭でかっちだからの」



 何故か周りの大人たちは、カイルにさまざまなことを教えようとしていた。戦いに関すること以外の知識や技術、それに伴う原理や理論など多くを教わった。

 教わったことを活かしているかと言われると耳が痛い話だった。だが、カイルにも言いたいことがある。


『自分は、成人したてのただの新兵だ。なのに皆から期待を感じている。でも、何故、期待されるのか分からない。だって、自分は皆を危険に晒すお荷物でしかない。みんなに自慢できる様な高い能力なんて持ってないよ』




 カイルは、今は亡き、拠点カメリアの出身だ。

 カイン城へ連れて来られた時は十歳くらい。名前以外の記憶を失っていたため、詳しいことは分からない。

 カメリアの住人の生き残りは、彼だけであったからだ。本来ならば、『団』で習う基礎学の知識すらも覚えていなかったのだ。だが、吸収力は非常に高い。普通の子供であれば、習得に五年くらいはかかる事を一ヵ月で習得した。

 それに驚いた大人たちは、半分は面白がって、さまざまなことを教えた。カイルは、教えた当人以上に理解を示し、使いこなした。

 それは、戦闘訓練でも適用され、新兵入隊前には、熟練の戦士とも渡り合える剣技を身につけていたが、同時に精神の不安定さも増すこととなった。


 大人たちは、ただ面白がって教えていた訳ではなかった。彼は、年頃の少年たちと違い、とても素直で何に対しても興味を示し、尊敬の念を抱いた。

 大人たちも普通の人だ。当然、そのような態度を示されれば悪い気はしない。彼を愛し、ますます知識や技術を教えようと、のめり込むのは必然の事だろう。

 それは彼が放つ強力な魅力だった。だが、気が付いていないのは、カイルだけである。



「コアを持たない、理力を使えない、それは逆にいうと、この世界の『ことわり』から外れている。つまり別の力を持っているということだ」


「う〜ん、それは、どういうことかな」


「例えばじゃ、ワシら妖精族は、種として生まれて何百万年も経っておる。確かに力は強くなっておるが、文化や技術はさほど変わっていない」


「ほうほう、そうなんだ」


「それがどうじゃ、おまえたちヒト族は、この地に定着してからというもの、蒸気を利用した仕組みや火薬、銃など次々と生み出しておる。たかだか、この百年の間だぞ。しかもじゃ、理力が使えないくせに、発動方法や具現化を学び、理力使いどもと一緒になって、新たな発動方法や活用方法を開発しておる」


「へぇ〜、凄い人もいたもんだねって、イタッ」


 ガガルゴは、感心して聞き入っているカイルの頭に、軽くゲンコツをくらわせる。


「何を他人事のように言っている。おまえが何気なく言っていたことを参考にしていたりするんじゃぞ」


「そんなの知らないよ! 何となく疑問に思ったこととか、こうなったらいいなぁって思ったことを言っただけじゃないか」


 カイルは、涙目になりながら両手で頭をさする。


「妖精族とて、決して強力な種族ではない。自分たちを守る為には、それなりに力を付けていかないといけん。今まで思い付かなかったことを生み出すヒト族に、期待しているのじゃ。だから、もうちぃっと真剣にならんかの」


「いつだって真剣だよ。だいたい、そんなにポンポンと新しいことが出てくる訳ないじゃない。その時々での閃きなんだから」


 カイルは、両腕を組み口を尖らせる。


 ガガルゴが、眉間に皺を寄せて口を開こうとした時、扉が叩かれた。頭を横に振って溜め息を漏らすと、大声で入室を促した。



 執務室に入って来たのは、ヒョロリとした明らかに生産職の青年だった。年はデンスと同じくらいであるが、キチンと髭を剃り、身なりも整っていた。黒い外套と本を小脇に抱え、もう片方の手に握った綺麗な手ぬぐいで額に浮き出た汗を拭っている。


「親方、輸送して来た荷物は、指定された倉庫に搬入致しました。こちらが、今回の荷物の目録となります」


 彼は、そう言って外套と一緒に抱えていた本をガガルゴに手渡した。


「おう、ご苦労様。こっちで一杯どうだ」


「いえ、私は水の方がよいです」


 ガガルゴは、少し残念そうな表情を浮かべたが、カイルに渡したように、理力で冷やした水を手渡した。カイルは、安堵した。また、ここで宴会が始まったら何のために、ここまで来たのか分からなくなるところだった。


「ああ、紹介しておこう、コイツはカインライン大隊のカイルだ。で、こっちはグティエリス、今回、都からの輸送を指揮している錬金術師だ」


「カイルです。どうぞ宜しく」

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