第ニ十話 技術工廠(下)
「おぅい、カイル」
大きな野太い声に、呼び止められた。
お目当ての人物が先に発見してくれて、探す手間が省けて助かった。
そこには、背丈はカイルと同じくらいだが、体の各部位が二倍はある人物がいた。
頭は大きく、真っ赤で立派な髭を蓄えており、身体は横側に大きく、かと言って太っているわけではない。一言で言うと筋肉でできた鎧だ。手脚も太く丸太の様であった。
彼はドヴェルグ族、この技術工廠を取り仕切る親方で、名前をガガルゴといった。
ガガルゴは、本名ではない。ドヴェルグ族の名前は、ヒト族には発音がしにくいものが多く、聞き取れた音を短くして呼んでいた。ガガルゴだけではなく、他のドヴェルグ族もそうだが、渾名を付けられるのには寛容だった。そればかりか、渾名で呼ばれることを喜んでいた。そこがアルヴとの違いだ。
アルヴは、氏族名に誇りを持っているため、アスクラのような例外もいるが、名だけを呼ばれることを非常に嫌う。同族か己が認めたもの以外には、名だけで呼ばさない。それは、親しい者をとても大事にしている表れなのかも知れない。
そんなこともあり、同じ妖精族であってもこのニ種族は折り合いが悪く、アルヴは、ドヴェルグを『ガサツで、だらしない種族』と言い、ドヴェルグは『神経質で、小煩いヤツら』とアルヴをなじる。
これは種族の性格の差と言ってもよいだろう。
この二つの種族が出会うと挨拶がわりに、皮肉や口喧嘩が始まるが、殴り合いの喧嘩になることは不思議と無かった。カイルに言わせると、喧嘩するほど仲が良いらしい。
「今日は、あのちっこくて、かしましい嬢ちゃんは、一緒じゃないのか」
「もしかして、アウレアの事かな? 今日はまだ会ってないよ。どうして?」
「こないだ、料理用ナイフやら農作業の鎌や鍬を大量に注文していってな。それが全部出来上がったからな」
「え? それ、どうするんだろ? 隊では、特に必要だという話は無かったと思うけど。親方は、何か聞いてないの?」
「ワシは、特に聞いとらんぞ。しかも金を置いていったしのう」
二人は、執務室に向かって歩き出した。近くの停止していた機械が動き出し、声が聴きづらいほどの轟音を出し始めたからだ。
◆
第一大型炉の執務室は、どちらかと言うと研究室といった風情だ。
机の上には、書類の代わりに機械の部品や道具類が、所狭しと並んでおり、壁には紙に描かれた設計図やら、模様のような数式が貼られていた。
ガガルゴは、執務室に入ると備え付けの棚に向かう。棚から幾つか並んでいる瓶から透明感がある赤褐色の液体が入っている瓶を取り出す。カイルにも促すが、首を横に振って断った。
二人は、応接用の机なのだろう、他の机と違い部品や道具がのっていない机に向かう。代わりに、透明なガラスでできている水差しとグラスが置かれていた。
表面には細かい模様が彫られており、美しい仕上がりだ。ドヴェルグの仕事だろう。ガガルゴは、そこからグラスを一つ取り出して、持ってきた瓶から液体を注ぐと一気に飲み干す。
「かぁ〜、一仕事の後の一杯は格別だなぁ、うぉい」
アツい息を吐き出しながら、満足げに頷いている。
「真っ昼間から飲むのは、どうかと思うよ」
カイルは、苦言を言いつつ、グラスをとり水差しから水を入れて一口飲むが、あまりにもぬるくて思わず顔を顰める。
それを見たガガルゴは、貸してみろとカイルのグラスを受け取り力を込める。グラスは、一瞬赤く輝いたが、何事もない様子でカイルに渡す。受け取ったカイルは驚いた。水がキンキンに冷えていたからだ。
「理力って便利だよね」
感心しながらカイルは、グラスをマジマジと見る。
「そうでもないぞ。理力は人を選ぶからな。それに比べると、お前さんたちのポンティアか、あれはいい。人の能力なんぞ、関係ないからな」
「それは、さっき、アスクラ先生にも聞いたよ。厳しい修行と才能が必要だって」
「アスクラか……アイツは、話が分かるアルヴだ。近々、また定期検診をしないとな」
犬猿の仲のドヴェルグとアルヴのくせに、実はガガルゴとアスクラはかなり仲が良い。定期検診という名の飲み会を診療所で行なっている事をカイルは知っていた。何で自分の周りは、こんな呑兵衛ばかりなのか、思い悩む今日この頃である。
「で、今日は何の様だ。蒸気機関の原理なんぞ、ワシには分からんぞ。あれを創り出した連中は、内地に取られちまったからな」
ぶっきらぼうに応えて、ガガルゴは、忌々しそうに眉間に皺を寄せる。
中央の命令とはいえ、種族の垣根を超えて、苦楽を共にした仲間たちと別れる事は悲しいものだ。かつて若かった彼らも、今ではかなりの歳になっているはず、もう一緒に働けることはないのだろうか。ガガルゴは、視線を遠くを見遣り想いを馳せていた。
「いや、新型銃が見れるかなっと思って、前はそのままコロンに輸送されたから」
「最近、運ばれてきたヤツだな。って、そういえば、お前の上官たちは何なんだ!」
ガガルゴは、突然、思い出したように怒りはじめた。
「突然きたと思ったら、アレは無いのか、コレを作って欲しいとか、挙げ句の果てに、ただでさえ少ない倉庫の備蓄を持ち出そうとしやがって! 保守部の連中が困り果てたぞ! フィオラはどうしたんだ。寝込んでるのか。まったく、カインライン隊は、まだ、まともな方だと思っていたんだがな」
「え〜、僕に言わないでよ。全部デンスが悪いんだから」
昨日の夜と朝の出来事をガガルゴに語って聞かせた。天井に顔を向けて、額に手のひらを当てる。そして、深い溜め息を漏らす。
「お前たちは、一体何やってるんだ」
どうやら怒りを通り越して、呆れているらしい。
「ヒト族の習慣に、どうこう言うつもりはない。深刻な時でも明るさを失わないのは、ヒト族の特徴かもしれんが、お前の隊はも〜ちっと、真面目にやれんのかの。まったく、このクソ忙しい時に」
また、ガガルゴは大きな溜め息をつく。
「いいか、カイル。いい機会だからお前にも教えておく、ちゃんと覚えておくんだぞ」
逃げられないようにその大きな掌で、カイルの頭を鷲掴みにした。
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