第十九話 技術工廠(上)

 技術工廠と一言で言っても、実は、カイン城の方々ほうぼうに散らばっていた。

 炉から生み出されたポテンティアを活用して、城内各所に設置されている降昇機。加工の為に鉱物や穀物を粉末にする粉砕機などに、動力としてもちいられている。

 そのおかげで、劇的な生産性を生み出し、物資不足の解消に貢献している。生産職の者も一部の戦士たちも大いに喜んだ。


 若者を鍛える場がまた一つ減ったと、司令官のヴェテリウスは、一人残念そうにしていた。

 機械が導入される以前は、若い戦士たちが、訓練と称して力仕事をさせられていたのだ。所詮、人力で作れる量は高が知れているため、物資は常に不足していたのだ。


 便利さは罪だ。一度でもそれを味合うと以前の不便さに戻ることは出来ない。

 多くの者や部署から要望が上がり、城の各所に機械が配置された。大型炉や中型炉からポテンティアを供給できない場所には、ポンティア専用の小型炉が設置され補っていた。このため、技術工廠は城の各所に存在することとなり、ただ技術工廠といっても、『どこの?』と場所を特定出来なくなってしまった。現在では、部署を示す言葉となっている。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 カイルは、診療所を出ると食堂へ向かい遅めの昼食を摂る。時間がずれているので人はまばらで、特に親しい者もいなかった。一人で静かで平和な食事を堪能し、その後、技術工廠に向かったのだ。


 物資の搬出搬入に使用している降昇機に便乗させてもらい、山腹の最上階にある第一大型炉に向かっていた。その名前の通り、一番最初に造られた大型炉である。

 当時は、まだ実験的なところがあり、万が一事故が発生しても被害が最小で済むように、居住区から離れたこの場所に設置された。今でもその性格は変わらず、危険な実験や研究はここで行なっている。


 昇降機を降りると積載場としての役割を持つ広場がある。その奥には分厚い鋼鉄製の大扉があったが、今は開かれた状態で、カイルは遠慮なくその扉をくぐり中へ進んで行くと、所々でここで働く職員らと出会う。勝手知ったるもので、挨拶をしながら奥へ向かう。


 やがて、吹き抜けに突き当たる。

 三層を抜ける吹き抜けは、岩棚の訓練場に匹敵するくらいの広さがあり、その中央には巨大な金属製の塔が鎮座していた。これが大型炉であった。

 大型炉からは、いくつもの配管が延びており、上部に取り付けられている最も大きな配管は、壁面を貫いて外まで延長され、排気口として使われている。

 通路はここで二つに分かれ、一つは橋となっており、大型炉の頂上へ向かう。もう一方は、壁面に添い、なだらかな斜路となって下の階層へ向かう。


「いや〜、いつ見てもすごいな〜」


 カイルは、下へ向かう斜路の途中で、感心して見回す。

 最下層では、轟音を発しながら多くの機械が動いており、その周りでは、人々が忙しなく働いていた。その人々は、戦士と言っても良いくらい、大柄で体格の良い者が多かった。

 ここは非常に暑いため、上半身を裸に近い格好をしている者が多く、垣間見える筋肉は、まだ成長途中のカイルとしては、惚れ惚れするくらい羨ましい。

 その中には、手足を欠損している者も混ざっている。彼らは、元は戦士だった。戦闘で怪我を負い、戦士としては戦えない者たちが、引退後にこのような場所で働いているのだ。また、何かしらの理由によって、戦士の適性試験に合格出来なかった者たちも、アウジリアスとして働いているのだ。


 アウジリアスは、補助兵という意味で、戦士として表立って戦うことをしないが、輸送任務や一般の生産職では行えない、危険な仕事を担う重要な役割を受け持つ。いざ、防衛戦となった時もバリスタや投石機を扱い、戦士たちの支援を行う。

そのための訓練は欠かすことはない。



 高い汽笛の音が鳴る。



 その音を聴いて、働いていた人たちは作業をやめ、決められた場所へ移動する。そして、目立つ場所に白と赤の旗を持った人が立ち、周囲を見渡し安全を確認すると白の旗を上げた。所々では、赤い旗が振られていたが、やがてすべての旗が白に変わる。


 再び汽笛の音が鳴る。

 今度は、高い音と低い音が交互に鳴り、最後に高い音が長い間、鳴っていた。汽笛が鳴り止むと、大型炉周辺の機械が動き出し、時折、蒸気を噴き出す。

 やがて、大型炉の壁の一部分が引き上げられると、中から真っ赤な液体が鋳型に向かって流れてくる。高熱で溶かされた金属であろう。その熱さは、三層目にいるカイルのもとにも伝わった。

 上手くいったのか、高い音の汽笛が鳴ると、鋳型から離れたところで、先程とは違い余裕を持った雰囲気で仕事をはじめた。


 カイルは、最下層まで降りると、邪魔にならないように気を使いつつ、機械を観察していた。カイルには、機械がどのような原理で動いているのかは、分からなかったが、眺めているだけでも楽しい。いつか余裕ができたら教えて貰おうと思った。

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