第十八話 希望への期待(下)
「救いは、現在のところ、獣人となっている強力な個体が現れずに、自我の薄い若い個体が相手だという事です。それでも最近は、かなり強くなってきています」
「じゃ、僕のこの症状は治らないって事なの」
カイルは、肩を落とし項垂れる。自分自身の問題より、これでまた周りに迷惑かける事が心苦しかった。
「いえ、緩和する方法はあります」
そう言って、アスクラは引き出しから小瓶を幾つか取り出して、机の上に並べた。小瓶の中には、それぞれ、様々な色をした粉末が入っている。
「これらは、『感情操作』を学ぶ時に使用する薬剤で、調合によっては精神を沈静化することができます。この辺りでは採取出来ない薬草からできているので、アルドルが…先程のゴブリンの名前ですが、アーカディアから持ってきて頂きました。それを服用すれば当面の間は治まるでしょう」
「先生、ありがとうございます。希望が持てました」
「それはまだ早いですよ。どれが効き目があるのか分かっていないので、遠征から帰ってくるまでに、試薬を幾つか作っておきましょう」
明るい表情に戻ったカイルに、アスクラは淡い期待を持たない為に苦言を呈したが、声は優しげだった。
「それで、今日はどう過ごすのですか」
「そうですね。技術工廠に顔を出そうかと、ひょっとしたら噂の新型銃を見せて貰えるかもしれなし」
「カイルも勉強熱心ですね。では、鎮静効果のある薬草茶を出しましょうか。カイルには、ちょっと苦いかもしれませんが、それを飲んだら行っていいですよ」
「うげぇ〜〜」
診療所は二人の笑い声に包まれた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
各拠点には、規模の大小の差があれ、自前で武具の製造が行える施設がある。
その施設を技術工廠といった。
技術工廠では、錬金術師や鍛冶師といった、生産職でも専門性の高い職種の者たちが働いており、銃や火薬などの危険度が高い武器もここで生産されている。また、新しい動力の設計や研究も担当しているため、若い生産職の者たちの憧れの場所でもあった。
カイン城には、四機の大型炉と八機の中型炉があり、全拠点の中では最大規模を誇る。
これ程の設備を整えた理由は三つある。それは、拠点コロンを建設したことにより、コロンの補給拠点としての性格も持ちはじめたからだ。
さらに小型炉を複数機、増設する事も検討されていた。ヒト族は知らない事だが、他の種族の設備においても最大規模を誇るのである。
炉は、剣や槍、盾や鎧などの武具を中心に、金属類を製造加工を行うために使用されていた。今までの消費であれば、小型炉だけで十分だが、ここまでの規模になるのには訳がある。ヒト族の扱う武器が変わりはじめたことが二つ目の理由だ。
三つ目は、ずいぶんと前のことであるが、ヒト族の錬金術師たちが、奇妙なことを言い出したのが始まりだった。
彼らは、沸騰したヤカンが蓋を動かすことから思いつき、炉の熱を使用して動力を創り出せないかと提案したのだ。
山脈内部の坑道を利用しているため、幸い多くの地下水が湧き出てくる。その水を炉の熱で湯を沸かし、沸騰させた蒸気を使いて機械を駆動させる仕組みだった。
妖精族の鍛冶師たちのほとんどは、理力を使えば事足りるので関心を示さなかったが、ドヴェルグ族だけは違った。ドヴェルグ族は、元々、細工や装飾など、理力を使わずに物を作り出すことが大好きな種族でもある。
二つの種族は、協力し合い試行錯誤の末、試作機を創り出した。それは単純に歯車を回すだけの機械であったが、当時の人々は、永延に回る歯車に衝撃を受けた。
回すだけであれば、理力でも可能であるが、長時間、回す事は不可能であったからだ。
無関心であった他の種族の鍛冶師たちも、次第に協力するようになりはじめ、多くの機械を発明することとなっていく。
坑道内の空気を循環させる装置や入浴場の構想などもここから生まれてた。これが技術工廠の始まりであった。
錬金術師たちは、理力と区別するために、この力をポテンティアと呼んだ。力強さや可能性を意味する。ヒト族にとっては、まさに希望の言葉だった。
この出来事により、多くの機械が創り出されて、大量の金属も必要となった。
ヒト族は、まさに変わった種族だ。
彼は理力を使えず、身体能力も強靭さも他種族に比べて遥かに劣っていた。彼らには、それを補う発想力と忍耐力がある。彼らは長い間、多種族に虐げられたことによって、身につけた能力であったのかも知れない。
他の種族が見向きもしない鉱物を研究し、工夫して、火薬を発明した。そこからまた研究し、工夫して、やがて銃を創り出した。
これにより、今まで相手にならなかった敵に、対抗できる力を手に入れる事になる。
この世界の住人は、いかに理力が上手く使えるかが、主題となっている。
それがこの世界の『ことわり』。
だが、ヒト族だけはこの『ことわり』から外れている。『ことわり』から外れている事が、どのようなに世界に影響を与えて行くのであろうか。また、他の種族と交流を持ちはじめたことが、良い方向へ転じたかもしれない。
まだまだ少ないながらも、この交流が『協力者』を創り、次第に増えていく。そして、その協力者たちは、ヒト族に影響を受けて、彼らも変わっていく。この変化は、この残酷な世界に、何をもたらすのであろうか。
彼らは叫ぶ、
言葉にならない叫びを。
弱さに甘んじるな。
考えろ、考えろ。
上手くいかないのであれば、どうすれば上手くいくのか考えろ。
諦めるな、諦めるな。
考え続けろ。
失敗しても考え続けていけば、きっと良い答えが見つかる。
彼らはずっと想い続けたのだろう。
強者に虐げられ、蔑まれても。
『諦めない』それが彼らの強さかもしれない。
私は、期待したいのだ。
彼らのその強い意志に。
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