第十七話 希望への期待(上)

「先生は、世界中を旅したのですね。とても羨ましいです。私も世界の様々な場所に行って、色々な事を知りたいです」


「そうですね。世界にはとても幻想的な美しい場所もありますが、残酷でもあります。平和で豊かなアーカディアでも、あのような事件がありました。気兼ねなく好きな所へ行ける、その様な世界になるといいですね。いえ、したいです」


 アスクラが、薬草茶を配りながら、決意に満ちた表情をする。


「そういえば、皆さんは、デンスの治療の付き添いでいらしたので?」


 訝しげに、アスクラは尋ねた。それはそうだろう、折れていたとはいえ、鼻の治療くらいで二人も付き添うなんて。


「いえ、それはついでで、実はカイルが例の発作を……短時間に二回も」


 フィオラが深刻な顔で説明し、カイルが顔を赤らめて頷く。カイルには、その記憶が曖昧になっており、フィオラに抱きしめられていたことを思い出してしまった。


「そうですか。フィオラさん、貴方たちはそろそろ任務に戻らないといけないのでは」


 眉間にシワを寄せたアスクラからの問いに、フィオラは、何か言いたそうだったが、直ぐに悟り頷く。

 デンスの身内という事もあるが、この一年間で何事にも一生懸命なカイルを気に入り、弟のように接してきた。しかし、これは本人の心の問題だと思っている。何を言っても、きっと表面的にしか捉えられないだろう。

 この問題はあまり他人が介入すべきではない。

 解決できるのは、長い時間とあの事件を一緒に乗り越えた、デンスだけであろう。そうフィオラは悟り、必要なことがあれば、アスクラが話してくれるだろうと思い素直に従った。


「ほら、デンス、そろそろ起きなさい。隊に戻るわよ」


「もうちょっと寝かせてくれよ〜。昨日、寝てねぇんだから」


「私だって、誰かさんのおかげで寝てないの!」


 他人が聞いたら誤解を招く様な発言をしつつ、デンスを引きずって二人は出ていった。


「まったくもうー、気付いてないのかな」


「本当に仲が良いですね」


 カイルとアスクラは顔を見合わせて、大笑いした。



 ◆



「それでは、今回はどのような症状で」


 アスクラは、薬草茶が入っていたコップを片づけ、棚から分厚い本を取り出し机の上に広げる。

 カイルは、夢のこと、談話室でのその時の自分の記憶が曖昧であること、デンスから聞いた談話室での発作の状況と対処、そしてデンスの分析について、覚えている限りのことをアスクラに話した。

 アスクラは、それを黙って聴きながら、本に事細かく記載していった。


「ここ一ヶ月、頻度が多いですね。情緒が不安定で、怒りっぽい。夢の事も同じくらいの時期から始まってますね」


 本の前のページを捲りながら、アスクラは話す。


「えっ、そんなに?」


 カイルは驚いた。自分の記憶の欠落があることは自覚していたが、それほどだとは思ってもみなかった。

 記録をしているアスクラの方が正しいのだろう。発作が起きた場合、必ずアスクラの診察を受けることを命令されていた。しかも司令官直々の命令だった。


「それでは、身体を調べてみますね。姿勢を正して楽にしてください」


 カイルは、言われた通りに背筋を伸ばして、力を抜き受け入れるような気持ちで待った。

 いつもやっていることなので、慣れたものだった。すると身体が、次第に暖かくなってくる。

 アスクラの翡翠の瞳が輝く。そして、カイルの胸の中心、心臓の上あたりに手をかざし、『身体探索』の理力を発動させた。


「先生どうですか」


「う〜ん、ヒト族は理力の流れが無いから分かりにくいけど、肉体的には問題無さそうだね」


 アスクラの返答で、それまで不安そうにしていたカイルには朗報だった。


「やはり、これは精神的なものだね。闇属性の治癒師がいれば解決なんだけどね」


「闇属性?」


「そう、闇の王テネブラエの祝福を受けた者たちだよ。彼らは精神に干渉する理力を得意としているんだ。眠りや夢とか、幻覚や感情の操作なんかもね。ただ、彼らの王は、『神々の大戦』で封印されているから、かなり弱体化しているらしいよ」


 アスクラは、困った表情で話を続ける。


「それが元で、他の陣営を恨んでいるから協力して貰うのは、かなり難しいね」


「でも、お願いしてみたら…」


「この近辺の闇の眷属を知っているかい」


 アスクラは、カイルの言葉を遮って逆に質問をするが、直ぐに思い浮かばず、カイルには答えることが出来なかった。


「大紫狼は闇属性ですよ。彼らがあれほど好戦的ではなかったら協力してもらえたかもしてません」


「えっ、奴らただの獣じゃないの?」


「ただの獣ではありませんよ。獣族であっても齢を重ねると、言葉を話せる者もいますが、そういった者は何百年も生きている者たちです。しかし、大紫狼の進化の速度は尋常ではない。この百年で獣族から既に獣人化している者もいます。獣人として産まれてきた訳ではないのに」


 カイルは絶句した。はじめて知ったのだ。ヒト族の敵がそこまで強力だったということを……。

 どおりでヒト族は、追い込まれるはずだと。

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