第十六話 星屑の守護者(下)

 戦闘は突然始まった。



 スライムの虹色の槍が、彼女へ襲いかかる。寸前の所で、彼女が創り出した白い光の壁に跳ね返される。左右からも曲線を描きスライムの槍が襲うが、同じ様に跳ね返された。

 それでもスライムは諦めない様で、槍から触手に変化させ、彼女を四方八方から包み込もうとする。次の瞬間、彼女が銀色に輝くと、彼女を包み込もうとしていた触手は、細切れにされ地面に飛び散った。

 触手の破片は、少しの間蠢いていたが、やがて力尽きた様に溶けて消えた。そして、互いに動きが止まった。



 警備隊員たちは、この短い間の戦闘に驚愕していた。

 ほとんどの者は、その動きについて行けず、何が行われていたのか、分からなかった。

 ごく一部の熟練者のみが、かろうじてその動きに目がついていけるようであったが、またたきをした瞬間に見失ってしまう者もいた。


 何より驚いたのは、彼女の理力の使い方だった。

 理力は、体から放出されると、すぐに拡散が始まる。拡散しない様にするためには、より大きな理力を放出し、それを維持する能力が必要だった。それを行える者は、理力使いと呼ばれ、畏敬される存在だ。

 理力使いは、才能と長い間、厳しい修業に耐えた一握りの者の称号でもある。そんな彼らでも、一度放出系の力を使うと、回復に時間が掛かってしまう。

 回復用のコアを多数持って来ているとはいえ、回復に手間取り、何人も犠牲が出てしまった。

 本来ならば、戦士たちに支援系の力を使い、戦士たちが対戦するのが定石だ。実際、はじめはその戦い方であったが、スライムには一切通用しなかった。

 しかし、彼女は、その速度からかなり高位の身体強化の力を発動しつつ、スライムの攻撃に耐える強度の『理力の盾』を幾つも展開した。

 そして、数え切れないほどの『理力の刃』を放ったのだ。しかもここにいる精鋭と呼べる警備隊員が、誰一人も傷付ける事が出来なかったスライムを、触手とはいえ切り裂いたのだった。



 再び、驚異の戦闘がはじまる。



 彼女の速度がさらに上がったようだ。

 というのは、先程なんとか付いて行けていた熟練者たちも、視線を追うことが出来なかった。

 それは、スライムも同じだった。槍が彼女を捉えたように見えたのは、彼女の残像だった。

 その突き出された槍を、『理力の刃』で細切れにし、消滅していく。同時に、小さな白い球体を配置していった。どうやらスライムには球体が見えないらしい。

 その球体で、スライムを囲む様に十数個、配置された時、彼女はスライムの真上に現れた。人の頭くらいの大きさの白い光の玉をその両手で持っていた。

 スライムは、すかさず槍を突き入れるが、彼女はその玉で防ぎ、スライムの槍を蒸発するように、消滅させた。

 彼女が手放すと玉はスライムに向かって、ゆっくりと降りていき、突然、網の様に広がったのだ。

 網は、先に配置された白い小球を目掛けて伸びていく。その間にもスライムは網に対して攻撃を行うが、ことごとく弾かれ、触手は消滅していった。

 網が小球に届くと、今度は小球から光の線が小球同士を繋ぎ、スライムを鳥籠に包み込む様に捉えた。


『あれは、“結界” 失われた力だ』


 誰かがうめく様に呟いた。


 彼女は、仕上げとばかりに、籠に向けて銀色の理力を放出した。籠は銀色の光に包まれ、縮んでいく。その中で、スライムは暴れているが、あらがうことができずに削られ、小さくなっていった。


『終わりました』


 彼女は、鈴の音のような声で伝えると、すでに掌に乗るくらいに縮んだ籠を持ち、崩れかけた大社に向かった。

 警備隊員たちはしばらくの間、それが彼女が発した言葉だと気付かず沈黙していたが、やがて理解が及ぶと大歓声を上げ、仲間たちと喜びを分かち合った。



 アスクラも呆然とその光景を見ていたが、我に返り、妹がいる大社へ向かって走り出した。

 サルスに呼びかけながら、彼女を追い越してゆく。サルスも呆然としていたが、自分の名前を呼びながら駆け寄ってくる兄に気付き、兄の胸へ飛び込んだ。

 安堵の為か、お互いに涙が溢れ、泣きじゃくった。


『お姉ちゃん、ありがとう』


 二人の側を通りかかった彼女へ、サルスが気が付き御礼を言った。

 彼女は、相変わらず無表情だったが、なぜ、礼を言われたのか分からない感じで小首を傾げた。


『これから封印を行います。あなた方の力ではとても危険なので、私が出てくるまで、建物内には誰も入れないでください』


 彼女は、そう言い残すと大社に入っていった。



 彼女を見送ると、入れ違いで街長が後発隊を率いてやって来た。

 アスクラとサルスは、街長に彼女からの伝言を伝えると、その後の警戒は後発隊が受け持つ事となり、警備隊員の生き残りたちは、アスクラもサルスと共に、街へ帰還する事となった。



 後日、アスクラが聞いた話によると、彼女の名前はレナ・シーといい、『神々の大戦』で滅びたシー氏族の末裔だということだ。

 彼女は、世界を巡り今回のような危険な怪物を退治したり、封印を行なっているそうだ。

 アーカディアの王であるアニマモルスとは旧知であり、たまたま近くを通りかかったので挨拶に寄り、この事件に遭遇することになったそうだ。


 封印は、彼女が丸一日かけて結界を施し、無事に行う事ができた。彼女が大社から出てきた時、大歓声で迎えられたが、同時に驚きの声も上がった。彼女以外の同行者もいたからだ。

 それは、行方不明とされていた王とその眷族たちであった。どうやら王たちは、結界の劣化に気付き、その修復を行っていた。強大な力を持つ王たちであっても、劣化を遅らせることが精一杯であったそうだ。

 王は、大社にある結界を、より強化することにした。結界の強化に関しては、レナ・シーが行うため、それによって滞在することとなる。


 封印の置き場所は、嫌がる王を尻目に大社を王の居城に改装し、その城の奥深くに封印を安置することになる。

 こうして、今まで居城を持っていなかったアニマモルスは、はじめて居城を持つはめになってしまったのだ。


 アーカディアの住人は、豊かな土地と長い平和のためか、戦力としてはあまりにも弱かった。王であるアニマモルスからして、戦闘が苦手なのだから仕方がないのだろう。

 そこで、レナ・シーが、理力の使い方や多様な武術、戦闘のやり方や作戦の考え方など、多岐にわたって教えることとなった。


 後日、彼女をスライムからアーカディアを守った功績により、『星屑の守護者』の二つ名が贈られた。

 彼女に師事を受けた者からは、その知識の豊富さを讃え、『盲目の賢者』と呼ばれるようにる。


 アスクラとサルスの兄妹もレナ・シーの師事を受けており、アスクラはかなり優秀な治癒師に育った。サルスは、元々、武芸の才があり、レナ・シーの師事で才能を開花し、幼いながらも大人顔負けの剣士となっていた。


 月日がたち、楽しい時間は過ぎ去るのが早い。居城の建設は、完成には程遠かったが、封印と結界の強化は終わった。

 再びレナ・シーは、旅に戻る時期が来たのだ。

 彼女が出ていくのを引き留めていたアニマモルスは、彼女がガンとして譲らないので、最後には諦めて盛大な宴会を催し送り出した。


 レナ・シーの周囲は変わった。来た時は一人であったが、周囲にはアーカディアの若者たちが数人一緒に旅立った。

 その中には、アスクラとサルスの二人もいた。

 彼女たちは、長い年月をかけて世界を巡り、多くの事件と人々と出会ったが、それはまた別の物語である。

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