第十五話 星屑の守護者(上)
「おお、それから、それから、どうなっていくの」
「おう、先生には、妹さんがいるのか。さぞかし今は美人さんなんだろうな。って、やめろ、フィオラ」
フィオラがデンスの耳を引っ張り、いい加減にしろと目で訴える。
「美人かどうかは分かりませんが、相変わらず活発で、兄としては心配です。そろそろ、いい夫を見つけて欲しいのですが」
「夫?」
「ヒト族には、夫婦という概念が無かったのですね。アルヴには、一度、
「でも、妹さんばかりではなく、先生もいい妻を見つけないと」
「いえ、私には勿体無い、良き妻が故郷におります。子供も二人おりまして、全て妻に押しつけてしまい、申し訳なく思っています」
「へ〜、それは憧れますね。好きな人とずっと居られるなんて、素敵なことです」
フィオラは、目を輝かせて想いを馳せる。
「私には、良いか悪いかは分かりませんが、現在のヒト族の置かれている状況では、厳しいかと」
「俺はやだね、一人の女に縛られるなんて。なぁ、カイル、お前もそう思うだろ」
「ち、ちょっと、僕を巻き込まないでくれる。そういえば、アルヴの寿命ってどれぐらいなの?」
デンスの発言で、フィオラの機嫌が急降下している雰囲気に耐えかねて、カイルは話を無理矢理変える。
「う〜ん、どれくらいでしょうか。アルヴは、長命な種族の為なのか、年月の概念が薄いので、少なくとも私は、千年くらいは生きているのではないかと」
「「え〜、そんなに〜」」
カイルとフィオラは、驚きのあまりに大声で叫んでしまった。
「あのレナ・シーって女、先生が若かった時からあの若さと綺麗さのままか。先生も千年生きてもこの姿。つまり、俺が死ぬまで、このまんまってことだな。アルヴの若い姉ちゃんとお近づきになれれば、死ぬまで……ウヒヒヒッ……ゴォぉん」
「あっ、二人とも行けませんよ。せっかく治療した傷が開きます」
「いいんです! この馬鹿は、しばらく苦しんでいれば、いいんです!」
カイルとフィオラは、一人でブツブツ呟きながら、気味の悪い笑い方をしているデンスを卒倒させる。
「それで、先生がここにいるという事は、その後、何とかなったと思いますが、スライムって化け物は、初めて知りました。アルヴの本にも書かれていなかったと思います。妖精族も獣人族も敵わない相手だと、遭遇した場合どう対処しら良いか心配です」
「フィオラさんは、勉強熱心ですね。カイルもそうですが、デンスも仲間に恵まれていますね」
アスクラは、優しげな視線を卒倒してるデンスに注ぐ。
「フィオラさんの読んだ本は、かなり古いものですね。現在では、多くの事が分かってきたので、スライムについても記述されている本が出回っています。この地域は、世界でも辺境にあたるので、最新のものは届かないのでしょう。そろそろ、アーカディアからの物資が届くので、次回、届けて貰えるように伝えておきましょう」
「え? 妖精族の品物は、アーカディアから来ているの」
「アーカディアだけではないでしょうが、アーカディアからは、かなりの頻度で輸送されている筈です。辺境とはいえこの地域は、妖精族にとっても重要な拠点なのですから。今回の輸送隊には、私の妹も参加していますので、来たら紹介しましょう」
カイルとフィオラは、顔を見合わせて、気を失っているデンスを見る。
「じゃ、デンスには内緒だね」
「そうね。すごく失礼なことをする予感」
「ハハハ、そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ。彼女、強いですから、怪我では済まないかもしれませんが、ではそろそろ続きを語りましょう」
◆
雨はいつのまにか止んでいた。誰も話さない、身動きもしない、万策尽きている警備隊員は、スライムをじっと観ているだけだ。
スライムも取り込んだものを吸収しているためだろうか、身体の表面をシャボン玉のような七つの色を激しく渦を巻いている。
その場から動こうとせず、ただ、静寂だけが支配していた。
ピチャ
森の奥の方から何かが聞こえた。
ピチャリ、ピチャリ
それは、どうやら足音の様だ。こちらに近付いてくる。
後発部隊だろうか。それにしては、足音が少ない。
次第に足音は大きくなり、間近に迫った。誰もが、スライムを視線の端に捉えながらもそちらを伺う。
森の暗がりから白銀の光が姿を現した。
それは夜空に輝く星々の煌めきを身に纏っているような、銀色の長い髪をした女性のアルヴであった。
その双眸は閉じられているがとても美しい。こんな状況であるにも関わらず、同族のアルヴでさえ溜め息を漏らしてしまう。
その美しさの衝撃が治ると疑問が浮かぶ、彼女はどの氏族なのだ?
彼女は進む。
進行方向にいた警備隊員が、邪魔をしないように、彼女の道を開ける。彼女は無言のまま、包囲の輪の中に入ってくる。
まるで金縛りに遭った様に、誰も身動きも言葉を発することも出来なかった。別次元の存在に対しているような、そう、まるで王だ。やがて、前衛の戦士たちを通り過ぎて、彼女はスライムと対峙する。
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