第十四話 アーカディアの絶望(下)
街は大混乱となっていた。
王たちですら嫌う、伝説級の化け物が現れた事により、普段から冷静なアルヴであっても動揺は隠せなかった。
この時、頼るべき王は不在であり、街を取りまとめている街長は、住民を落ち着かせるため、スライムが小さいこと、既に森の警備兵が既に討伐に向かっていることを伝えると、感情制御が上手いアルヴたちは、たちまち冷静になる。この街の住人のほとんどがアルヴであるため、街を覆っていた混乱は急速に治まっていった。
アーカディアには、王都が存在しない。アニマモルスは、その時々の気分で、アーカディアの街々を渡り歩き、その場の住人たちと楽しく過ごしていた。特にお気に入りは、大森林の陣屋であった。
大森林は生命力に溢れている場所だ。王の銘である『命』が記すように、王にとっては居心地の良い場所だったのかもしれない。しかし、どの陣屋にも現れた気配はなかった。
街長は、アーカディア全土にある街へ、現時点で分かっていることと軍を結成することを書状にし、各地へ伝令を送り出した。
アーカディアでは、少数の警備兵が居るだけで、常備軍を持っていなかった。この国の
アーカディアは、このような状況であったが、一人落ち着かないのは、アスクラだった。両親はアニマモルスの眷族のため、王と共に失踪していたのだ。
街の人々は良くしてくれているが、家族と呼べるのはサルスしかいなかった。この様な事態に、妹のサルスが見当たらず、発狂しそうなくらい心配していた。
この当時のアスクラは成人には程遠く、精神鍛錬がまだまだ必要な年頃で、感情操作が上手く行えていなかったのだ。
この騒ぎの中心に妹がいる事を知ると、いても経ってもいられずに街を飛び出し大森林へ向かった。
アスクラは、大森林にたどり着くと、息を整える為立ち止まった。大森林は広大で、大社の場所を詳しく知らなかった。そのままむやみに探しても、たどり着く事はできないだろう。どうするべきか考えていた時、強大な理力の波動を幾つも感じた。
妹は、スライムの動向を観察する為に残ったと聞いた。警備兵と合流した後であれば、こちら側に退避してくるだろう。理力の波動を感じた方へ向かえば、途中で出会える筈だ。そう考えたアスクラは、自身に人体強化を施して、森の奥へ再び走り始めた。
彼は、次第に焦り始めた。
行けども妹と出会うことは無く、戦闘地域に近づいてしまった。警備兵の陣屋に退避したのか、それとも…。不吉な考えを振り払いながら、遂に戦闘地域に辿り着いてしまった。
古びた建物の前に広場があり、そこには牛くらいの虹色に輝く、粘菌のようなモノがうごめいていた。それがスライムだということは直ぐに分かった。そいつを十数人の戦士たちが、遠うまきに取り囲みながら様子を伺っている。
妹は何処か捜したが見当たらず、近くにいた顔見知りの警備兵に尋ねた。警備兵は、渋い顔をしつつ視線を動かす。その視線を辿ると建物があり、その入り口から不安な表情を浮かべ、顔を出しているのが見えた。
『済まない。強力な理力を使う為、建物の中に退避させたのが裏目に出てしまった』
彼の謝罪の意味を直ぐに理解した。スライムは、入り口の前の広場に陣取っていたからだ。だが、スライムとの距離はかなりある。大回りすれば、救出出来るだろうと思い向かおうとするが、悲壮な顔をした彼に肩を掴まれ止められる。アスクラは、その手を振り払おうとした時、数十本の輝く理力の矢がスライムに突き刺さる。
アスクラは、気が付いていなかったが、周りの木々の枝にアルヴの弓兵が待機していたのだ。続けざまに、獣人の理力使いが炎や風の強力な理力を放つ。そして、戦士たちがとどめとばかりに、それぞれの得物に理力を纏わせた武技を発動させる。
もうもうと立ち上がった土煙が辺りに立ち込める。周りを囲む戦士たちは、油断せず観察を続けた。
突如、煙の中から虹色に輝く槍が現れ、戦士たちを貫き、煙の中へ引きずり込む。ソレは、弓兵や理力使いにも向かい、理力使いは慌てて『理力の盾』を展開するが、ガラスの様に簡単に打ち破られてしまう。かろうじて避けた者もいたが、触手の様に変形して絡みつき引き摺り込んだ。
煙が晴れると引き摺り込まれた者たちは、スライムに取り込まれていた。彼らは、もがいて脱出しようとしていたが、暫くすると動かなくなり、そして消えていった。警備隊の戦士と支援部隊は半数になり、スライムは更に大きくなった。
アスクラは、絶望して頭を抱えた。このままだと妹はスライムに取り込まれてしまう。助けようにも近寄ることも出来ない。その感情に呼応するように、辺りの気温が下がり、冷たい
その想いは、ここにいる警備隊員も同じだった。アーカディアは、スライムに蹂躙される。
伝説は、正しかったのだ。
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理力は、コアから体内を巡る力。
コアの力が強いほど、体内を巡る力は強くなり、身体能力が強化され、より強い種族へ進化していく。ヒト族は、コアを持たない唯一の種族であった。それゆえに、最弱の種族と言われる
草木や小さな昆虫でさえ、コアを持つ。
今は弱くとも、条件を満たしていくことで、強力な種族へと進化していく。その条件は幾つかあるが、最も大きいのは、他者から奪うこと。そう、弱肉強食、それがこの世界の『ことわり』。
もちろん、コアの争奪だけでは生きていくことはできない。理力で肉体を維持することはできるが、非常に燃費が悪く、高位の存在でしか出来ないことであった。大抵の種族は、食物から栄養を摂り、肉体を維持していく。
コア自体で理力を生成する力は少ない。そのままでも自然回復を行うことはできるが、かなりの時間が必要となる。
コアは何かしらを吸収し、理力へ変換する能力を持っている。大気中には源素というモノが存在している。コアはこの源素を取り入れることで、効率よく理力に変換することができるのだ。
源素は世界を巡り、世界を構成する『源理』を動かす燃料となっている。しかし、源素は、均一に世界を巡っている訳ではなく、濃い場所と薄い場所がある。そのため、各種族は源素の濃い場所を手に入れようと領地の拡大を狙っているのだ。『神々の大戦』勃発は、これが原因の一つであると言われている。
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