第十三話 アーカディアの絶望(上)

「ほう、あの姉ちゃん、レナ・シーっていうのか」


「一人だけって、寂しいね」


「真の王……、世界はその様な事になっていたのですね。後ろ盾が欲しいですね」


「それは難しいところです。王たちは力があるものを欲しますので、今のヒト族では興味を引くのも厳しいかと。しかもかなり個性的な方が多く、我が主も……いえ、やめておきましょう。レナ・シーの一族は滅びましたが、決して一人ではありませんよ。ちなみに私は彼女のつがいではありません」


 アスクラ・ピウスは、話を続ける。


 ◆


 アスクラは、レナ・シーのことを話そうにも、個人的なことは何も知らなかった。

 彼女自身、個人的な話や無駄話を進んで話をすることはない。自ら進んで話すこと時は、情報伝達だけである。それも最低限の内容だけであった。

 それでも彼女に興味を持つ者は多く、聞きだそうとする者はいたが、『その様な事に、意味があるのですか。わたしには、理解できません』と言って取り合わなかった。万事その調子であったため、本当に理解ができないのかもしれない。


 アスクラが語れることは、彼女との出会いと旅した出来事くらいであろう。

 彼女との出会い。あれは、故郷のアーカディアを揺るがす大事件だった。



 アスクラは、アーカディアにある大森林近くのアルヴの街で生まれた。彼は、『神々の大戦』以後に生まれた世代で、『大戦』から数百年は経過していた。

 街は発展し、アーカディアの豊かさに包まれ、それが当たり前だと思っている世代だ。

 豊かさはある意味、毒でもあるのかも知れない。危機感が薄れ、刺激を求めるようになる。そして、洞察力を失っていくのかもしれない。

 それは、『神々の大戦』を経験した世代にも言えることだった。あまりにも平和に慣れきってしまい、警戒を怠ってしまった。その危機を救ったのは、子供たちの好奇心だった。



 アスクラの妹であるサルス・ピウスは、活発な少女であった。

 兄のアスクラは、武芸の才能のなさに早々と見切りをつけ、治癒師として理力の鍛錬に勤しんでいたが、サルスは兄とは違い武芸の才能に恵まれていた。

 それは、幼少の頃から野山を駆け回り、同年代の友人たちと共に、剣劇をして遊んでいたことも大きいのだろう。


 アーカディアの大森林の奥深くには、警備兵以外は入ることを禁じられている場所がある。

 その場所には、大きな社が建てられており、大森林の力の源が祀られていると言われていた。

 多くの者は、大社に何が祀られているのか分からず、その存在も忘れ去られ、朽ちていった。

 アニマモルスとその眷族たちが健在であれば、そのようなことには、なっていなかったかもしれない。

 王と眷族たちは『大戦』以後、たびたび姿を消すことが多くなっていた。


 ある日のこと、サルスと仲間たちは、この大社に行くことにした。彼女たちはこの大社を遺跡と思っていたので、探検をしようと思ったのだ。

 大森林には、多くの種族が住み着いていたが、子供とはいえ、アルヴを傷つけられる種族は皆無で、問題なくその場所に着いた。そこには、警備兵の姿も無く、朽ちるに任された建物があった。

 子供たちが血気盛んに建物に向かおうとした時、サルスが止まった。こんな時はいち早く向かうのに、仲間たちはいぶしがけな様子でサルスを見て止まった。


 サルスは言った『何かイヤな感じのモノがいる』と。


 しばらく子供たちは、建物の様子を伺っていたが、痺れを切らした頃に、ソレが現れた。虹色に輝く液体状のソレは、子供たちの拳くらい小さかったが、サルスの言った『イヤな感じのモノ』だった。ソレは、ゆっくりと地面を這い、子供たちに向かってくる。


『アレは、スライムだ』誰かが叫んだ。


 スライムは、異界の怪物と言われる。一度現れると災害を撒き散らす、最悪の化け物だった。


 サルスは、自分が仲間の中で一番立ち回りが良い。自分がスライムを引きつけて、仲間たちには警備兵を呼んでくるように伝えた。

 仲間たちもその考えに同意して、各地の駐屯地に散っていった。



 大森林には幾つも警備兵の陣屋があり、そこにはアルヴの理力使いや屈強な他種族の戦士たちが控えていた。

 子供たちは、憧れの戦士に会いに行ったり、遊び疲れた後の休憩所に利用しているので、その場所をよく知っていた。

 平和に慣れたとはいえ、スライムの出現と聞いては看過できず、警備兵たちは即座に行動に移した。

 街へ後発隊の手配を依頼する伝令を送り、子供たちの案内で大社に向かった。




 子供たちが散ると、スライムは興味を失ったように、サルスを無視して大社の周辺を這い回っている。

 サルスは、森に入ると見つけるのが困難になると思い、石を投げて引きつけようとするが、スライムは興味を示さず、大社の周りを這い回るだけであった。しばらくするとスライムは、突然近くの大木に飛び移り、くっついたまま動かなくなった。

 サルスも時間稼ぎのちょっかいで無理せずに、これ幸いと観察を続ける。


 どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 スライムがくっついている大木の葉が枯れ、落ちてくるのにサルスは気が付いた。そして、大木の幹が折れたのだった。幸い大社やサルスの方には、倒れて来なかったが、あることに気づいてしまったのだ。

 大社の周りにあった雑草が、残らず消えていたことに。そこは、スライムが先程這っていた場所だった。

 スライムは、また別の木へ飛び移る。心なしか大きくなっている様な気がした。


『ひょっとして、食べている?』


 それに気付いて、青ざめた。

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