第十二話 運命の歯車(下)

「はいはい、では、治療を始めますね」


 アスクラは、患部に手を当てて集中する。カイルの目には、緑色のモヤの様な光が、アスクラの手を覆い、デンスの患部へ移動する。緑色の光は、デンス患部を覆うと溶け込む様にして消えた。しばらくすると、徐々に患部の腫れがひき、元通りに治った様に見えた。


「痛みは少し残ると思いますので、一応、鎮痛薬をお渡ししておきますが、今日一日は、安静にしてください。骨の定着に時間がかかりますから特殊な趣味は控えてください」


「そんなんじゃねぇから!」


「そんなんじゃないです!」


 デンスとフィオラが同時に叫び、お互いに顔を見合わせて赤面する。アスクラは、そんな二人を優しげな表情で眺めていたが、カイルが観察する様な目でアスクラの手を見つめているのに気付いた。


「先生、魔法ってすごいですね」


「いいえカイル、魔法ではありません。これは理力です」


「魔法と何が違うの?」


「魔法は、貴方たちヒト族が、理解できない力を便宜的に伝える例えですが、理力は、先ほどの様に存在しています。例えば、今行った様に、“デンスの鼻を治した”という結果がありますが、これを整理すると『デンスの鼻』が対象、『治す』が行為となります。この行為に対して、具現化するには能力と代償が必要です。その能力が『理』、代償が『力』、それが理力です。簡単にいうと、私の能力を使い、力を分け与え、『怪我が治った』という事を具現化したのです。」


「それじゃ、使いすぎると死んじゃう事もあるの?」


「死ぬまではいきませんが、疲れて動けなくなる事はありますね。でも心配しなくても大丈夫です。それを防ぐ方法はいろいろありますよ」


「じゃ、あれかい、俺らも覚えれば使えるってことかい」


「いえ、残念ながらヒト族のみ、この能力自体が存在しません」


 デンスの問いに、アスクラは残念そうに首を横に振る。


「でも何故かしら、世界には多くの種族がいるのに、私たちヒト族だけって」


「そうですね。興味深いです。だからその謎を探る為、私はここにきました」


 アスクラは、だから協力してくださいねっといっている様な笑顔を見せる。三人はその笑顔に身震いを覚えた。



「そんな小難しい事はどうでもいいからさ。それよりよぉ、さっきの綺麗な姉ちゃんは誰なんだ? あれかい、先生のつがいかい?」


「それよりゴブリンよ! 書物でしか知らなかったけど、本当に肌が緑色なのよ!」


 フィオラが、デンスを押し退ける様に食いついてきた。アスクラは、その迫力に思わずのけぞった。


「でもさぁ、二人ともいいの? 仕事あるんでしょ?」


 興奮気味の二人に対して、カイルが冷静に問いかける。


「いいんだよ、あんなもん奴らにやらせとけば、それよりどうなんだ、センセよぉ」


「そうよ、そうよ、あれぐらいの事出来ないなんて、幹部の資格ないわ! それより先生、詳しいんでしょ? 私もっと知りたいです!」


 大隊のみんなには見せられない姿だな、っとカイルは頭を抱える。しかし、カイル自身も好奇心は抑えられず、目を輝かせていた。

 アスクラは、二人の剣幕に押され、長くなりますがと断りを入れ、シブシブと話し始める。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 彼女の名は、レナ・シー。

『神々の大戦』以前にいた古アルヴの一つ、シー氏族の末裔である。『神々の大戦』で、彼女の氏族は滅び去り、シーの氏族名を受け継ぐのは彼女が最後の一人とされる。


 世界には、真の王という七柱の世界最古の王たちがいた。自分たちの種族をファラネンといい、世界最古の種族であり、その力は世界に影響を与えるほど強大だ。

 真王たちは良き世界を創り出す為、協力し合っていたが、自分の勢力を拡大しようとし、やがて他の王たちと争うようになった。最初は、些細なことであったが、次第に規模が大きくなり、後に『神々の大戦』と伝えられることになる、世界を揺るがす戦争となった。この大戦は、闇の王テネブラエが封印されることにより終結する。


 この大戦によって、世界のほぼ全ての種族が、この七柱の真王に属することになり、王たちは自分の傘下に入った者に『加護』を与えた。『加護』を授かった者は、その体毛と瞳に王の色が刻まれ、アルヴはそれぞれの王に仕えると、七つの氏族に分かれた。

 『加護』を受けていない者は、『化外の者』または、『無色の者』とされ蔑まれることになる。

 ヒト族は、どの王にも属さないため、長い間、他の種族に相手にされず、それどころか迫害を受けることもあった。それは、《夜のしじまの都》ノックスに受け入れてもらえるまで続いた。



 アスクラ・ピウスは、その名が示すように、命の王アニマモルスの加護を授かっているピウス氏族のアルヴだ。アニマモルスの加護を授かり、その色である緑が身体に刻まれる。ピウス氏族のその髪は、みずみずしい若葉のような緑色で、翡翠の瞳を持っているのが特徴である。


 命の王アニマモルスは、生と死を司る。

 七人の真王の中で最も温和な王であり、敵と呼ばれる存在も持っていなかった。命の誕生を祝福し、死者を平安に導くため、誰が好き好んでそのような存在と敵対するだろうか。誰もが通る道なのだから。しかも領土拡張に興味もなく、豊かな牧草地と大森林を持つ、自分の王国であるアーカディアから出ようとしなかったし、他の王たちとの関係も良好だった。

 大戦に参加しなかったことで、多くの種族を救った。こうして多くの種族を庇護下におき、勢力を拡大する事となる。

 ピウス氏族も大戦を逃れ、その庇護下に入った一つだ。


 真王には、同族であるファラネンの『眷族』と、それぞれが生み出した種族の『眷属』がいる。統治領域を守るため、または維持していくには、それなりに人手が必要だ。

 『眷属』は、種族そのものが真王の能力に特化し、仕える者たちである。


 ゴブリンは、アニマモルスの眷属である。

 生死を司るアニマモルスは、ゴブリンに短命であるが、多産の加護も与えている。また、成長が早く五歳で成人するのも特徴であるが、世代を重ねることにより、種族としての成熟度も増した。

 この時期のヒト族の寿命とほぼ同じくらいだ。

 成長の早さと理力を使えることを入れると、種族の格としてはヒト族より上だった。

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