第十一話 運命の歯車(上)
カイン城には、その性質上、多数の医療施設がある。妖精族との交流で得られた技術と知識は、ここにも活かされていた。妖精族とは違いヒト族は理力が使えないため、薬学に頼る事になる。ただし、知っている事と出来る事は別だ。
カイルが生きるこの時代では、ヒト族の活動範囲は狭い。手に入れられる薬草の種類もそう多くはなかった。
たまに来る妖精族の商人から購入することもあったが絶対数が少ない。そのため、毎年決して少なくない数の者が、ケガや病気で亡くなっている。妖精族の治癒師に頼りたいところだが、そもそも治癒師自体も多くなく、こんな辺境に来る物好きな妖精族も稀だ。その物好きな妖精族が、ここにいた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「アスクラ・ピウス先生、いらっしゃいますか」
診療所の扉をノックをすると程なく返事が返ってくる。それを聞いて、カイルたちは入室するが、先客がいるようだった。
それを見てカイルたちは驚愕する。来客だろう二人の人物は、共に妖精族だった。その二人は、カイルたちが入室すると振り向く。そして、カイルたちは、さらに驚愕することとなる。
一人は、緑色の肌を持った小人であった。身長はカイルの胸あたりまでの身長しかなく、動物の毛皮で作った服を着ており、右手には自分の背丈より長い、捻れた木の棒を持っている。その木の棒の先端は、二匹の蛇が絡み合って、大きな緑色の宝石をお互いに咥えて支えている装飾が施されていた。
目はギョロリとしており、口もヒト族の倍くらい大きい。その代わり鼻は、少し盛り上がっていると思うくらい小さかった。額は広く、その両側には、瘤の様な小さなツノが出ていた。見る者によっては愛嬌があると思うが、一般的なヒト族の感覚では、意地が悪そうな顔に見える。この地域では滅多に見ることはないが、命の王アニマモルスの眷属で、小鬼とかゴブリンと言われる種族だ。
もう一人は、アスクラと同じくアルヴだった。
アルヴは男性と女性の区別がしにくいほど美しい種族だ。男性の方が背が高いため、まだ成長途中のカイルと同じくらいの背丈であるこの人物は、女性だろう。
その印象は、純白。腰まである銀色の長い髪と白磁を思わせるような艶のある白い肌、その肌を引き立てる様なみずみずしい紅唇。惜しむべきは、その瞼が閉じられていることだろう。
その
カイルには、その生地がなんの素材なのかわからないが、滑らかで光沢を持つ独特の質感をしていた。所々に銀糸で刺繍が施されており、身じろぎをすると光の粒が飛び散る様にも見える。肩に羽織っている外套も似たような素材だが、こちらは光の加減のせいか、時折、虹のような輝きを発している。彼女は、アルヴの王族だろうか? そう思わせる様な気品を漂わせている。絶世の美女とは、この方のことを言うのであろうとカイルたち三人の頭の中をよぎった。
「それでは、私たちは、これで失礼させて頂きます」
鈴の音の様な声音が聞こえて、それが彼女の声だと三人が気付いたのは、彼女が出て行った後のことだ。
カイルは、すれ違う時に視線を感じたが、彼女の目は閉じられたままだった。彼女とは逆にゴブリンの方は、カイルを睨みつけて出て行った。
「それで、何か用かな?」
彼女を見送ったまま固まっている三人を、おっとりとした声でアスクラが問いかける。
アスクラは、みずみずしい若葉の色の髪と翡翠の瞳を持つアルヴだ。背は高目だが、少し痩せ気味でほっそりとしていた。彼は、とても優秀な治療師でもある。このカイン城で病気や怪我で亡くなる者が、他の拠点に比べて少ないのは、彼の活動の功績が大きい。
「ちょっ、先生、あれ誰ですかー」
「超絶美人だぜ! 紹介しろよ!」
「先生のお知り合いの方ですかっ! はじめて見ましたゴブリンなんて」
三者三様の問いをし、アスクラが三人を宥める。
「まぁまぁ、まずは先に治療が必要な方がいらっしゃると思いますが?」
カイルとフィオラの視線がデンスに集まる。デンスの鼻に当てた布が、真っ赤に染まっていた。
「ではデンス、こちらに掛けて、少し上を向いてもらえますか。ちょっと痛いかもしれませんが、我慢してくださいね。ああ、鼻の骨が折れている様です。珍しいですね。デンスがこの様なケガをするほどの相手、おりましたか?」
アスクラがデンスの鼻部分を触診しながら尋ねる。その言葉で、フィオラはそっぽを向き、その黒髪からはみ出ている耳を真っ赤にしていた。
「そうですか。痴話喧嘩ですね。仲が良い事は良いですが、特殊な趣味は程々にした方がよろしいかと」
「え? 特殊な趣味ってなんですか? 先生」
「それはですね…」
「い、いや、違います! カイルも聴かなくていいから」
カイルが、目を輝かして、アスクラの話を聞こうとすると、フィオラが顔を真っ赤にし、カイルの頭を抱える様にして遮る。
「ぐぅぅ、ぜんでぃ、ばやぐしでぐで〜」
デンスは、アスクラの触診で痛みが増したのか、涙をボロボロ流しながら助けを求める。
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