第六話 朝食という名の宴会(下)
「だいたい何でそんなに銅貨を持っているんだよ!」
「もちろん、賭けで独り勝ちした奴の奢りだ」
セルビウスが、何故か胸を張って答える。
「イヤイヤ、お前らまだ払ってないだろうが! 前金持ってんだろ、サッサと払え!」
トーリスが焦って、徴収しようとしているが、カイルはその言に疑問に思った。
「前金?」
「えっ!? 今回の特別任務の前金が出でてるじゃない、忘れたのか?」
カイルは思い出した。
昨夜、上官の仕事の手伝いで、ドタバタしていて忘れていたが、カインライン大隊に突然の休暇と特別支給金が支払われたのだ。それは、五日後に特別任務で拠点コロンへ向かうとのため、カインライン大隊は通常勤務から外れ、一日目は休暇、三日間の作戦訓練と準備を行い、さらに一日休暇を挟んで出発する。
作戦内容の発表はなく、拠点コロンへの移動のみの通達だけであったので、詳しい内容を知りたいところだった。
「今度の遠征分だろうな」
「思い残すことはないように、ってやつか」
「拠点コロンで、何をするんだろうな。確かに最前線だし、補充か?」
「それにしたって大隊を動かすほどか? それほど大きな損害を受けた話しは聞かないけどな。それだったら今頃、司令官は大慌してるだろうが、そんな様子はないし」
さすがは、実戦部隊である戦士団大隊の幹部たちか。戦いに関しては少ない情報でも色々想定し、考え得る予測をしていく。が、所詮予測でしかなく、もっと情報を持っていそうな人物へ自然と目を向ける。
「明日の訓練時に伝えようかと思ったんだが…」
それまで会話に加わっていなかったデンスに皆の視線が集まると、やれやれといった感じで肩をすくめ、話を続けた。
「まぁ、簡単に言うとだな。コロンに行って荷物を受け取り、持ち帰ったら妖精族に渡すお仕事です。簡単だろ?」
「いやいや、簡単すぎるだろ! 説明も任務内容も! だいたい、輸送隊で充分な任務なはずなのに、絶対、何か裏があるだろ!」
と、その場の全員から同じようなツッコミが入る。
カイン城と拠点コロンは三日ほどの距離で、途中二箇所に砦がある。砦といっても防衛用というより、コロンが建設されてからは輸送部隊の宿泊地の性格が強くなってきている。それほどコロンへの道は安全性が高い。かえって、コロン近辺の方が危険かもしれない。護衛に数個の防衛小隊がつく事もあるが、物資の輸送は輸送部隊が常々行なっていた。
「そう言われてもな、ウチの司令官も詳しくは知らない様子だったぞ」
「司令官も知らないって、それで大隊を動かすなんて…」
代表でトーリスが呟くと、他の面々も首を傾げたりして同意する。
「じゃあ、何処から?」
「さらに上らしい」
「さらに上? てぇ〜と長老会議か? いや違うな。ステラテゴか?」
「う〜ん、そこら辺は何とも言えないが、マグヌスのたっての希望らしい」
デンスは、眉間に皺を寄せて答える。
「うげぇ〜」
その場のほぼ全員が、同じように顔や眉をしかめ、嫌そうにした。かつて同僚や部下だったことがある者たちだ。今まで死なずに済んだのは、現拠点コロンの司令官であるマグヌスのお陰でもあるかも知れない。が、いかんせん大隊長時代に散々こき使われ、掻き回されたのは良い思い出とは言えなかった。
「お前ら愛されるなぁ〜」
そんな仲間をデンスが茶化す。
「断じて違う!」
「デンスご指名だろう」
「お前ら仲間じゃないか! 嫌なことは、分かち合うべきだ!」
「そんなものは、分かち合いたくない!」
「それは上官の仕事では!」
「じゃー命令してやる! マグヌスの相手はお前らに任す!」
「それは横暴だ! 司令に訴えてやる!」
と、収拾が付かなくなりつつあり、取っ組み合いが始まろうとしていた。カイルはそんな上官たちに呆れて、ふぅっと溜め息をついて呟く。
「それってさぁ、隊のみんなじゃないの? カインライン隊の派遣を要望されたんでしょ?」
「そうだそうだ! そうだろう!? カイルは、分かってるなぁ!」
なぜかデンスは胸を張って、皆を見回す。
「そうは言ってもなカイル……アイツは鬼だ」
「悪魔だ」
おとぎ話の怪物にされても、あ、鬼はいるか、どちらにしてもひどい言われようだ、と思いつつもカイルは七年前に会った人物が、そんな人物だっただろうかと思い出そうとする。
(気の良いお兄さんって感じだった気がするけど、一緒に働くと違うのかな)
周りの面々を見回して、次々と仕事を与えないとサボろうとするのではないか。
(いくら休みとはいえ、朝から酒盛りしている方が問題だと思うけど)
このだらしない幹部たちを見ると、最前線で頑張っている英雄の肩を持ちたくなる。
まだ、個々ではブツブツっと呟いたりしているが、どうやら騒動は治ったらしい。
(デンスもあまり人のこと言えないと思うけどな。なんだかんだでうやむやにしてしまったし、黙っていた方がいいんだろうな)
デンスの方に顔を向けると、視線に気がついたデンスは、ニマッっと悪い笑顔を返してきた。
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