第五話 朝食という名の宴会(上)

『何なんだよあの動き! 片手で大剣を振るうって、どんだけ力が有り余ってるっだ!』


と、カイルは内心、愚痴っていたが、息は荒く声を上げる気力が無かった。対戦は、ほんの数分であったが、一時間以上走ったくらい疲れていた。


「最後のは、なかなかだったぞ」


 疲れた様子も見せず、水筒を取りに行って戻ってきたデンスが、カイルに水筒を渡す。その後では、戦士たちが何かもめて大騒ぎしていた。デンスが何やら話していたが。


「チッ、あいつら賭けてやがった」


 苦笑をしていたが、別段怒っている様子ではない。


「しかしカイル、お前は考えすぎだ。いつも言っているだろう、考える前に動けってな。無意識に動けるようになるまで訓練をしろ。戦場では役に立たないぞ」


 そう、身体に覚えさせる様に、デンスはいつもひたすら同じ動きの反復訓練を行なっていた。


「それと、筋肉だ! 最後ものをいうのは、筋肉だ!」


 そう言って、変なポーズをとりつつ、なんか訴えてる。


 その後も細かく、大剣を中剣で受けるな、とか。それをやるなら盾を装備しろやら。そもそも、相手より小さな得物を持っている時は、速度で突き崩せなど、説教じみた講釈が続く。最後の攻めが、最初から出来ていたら、流石の俺もビビったかもなっと胸を張って豪快に笑った。

 その胸の少し血が滲んで破れた下着を見て、カイルは思う。

 実戦であれば、胸甲で剣撃を滑らせ、自分は首を刎ねられていただろう。これが熟練戦士との差なんだろう、自分では相当鍛えてきたと思っていたが、その差はまだまだ大きい。



「カイル、お前は防衛団の戦士として活躍するより、巡検士として外の世界を巡り、色々なモノを観察して研究する方が合っているかもな」


 デンスは考え込んでいるカイルを見て、唐突に思い浮かんだ事を口にした。


「今度の遠征は、いい機会なのか」


 と、カイルに尋ねる訳でもなく、自分の中で答えて納得して満足してしまったようだ。


「さて、いい汗かいたし、風呂で汗ながしてメシにしようぜ!」


「なんなんだ?」


 自己完結して歩み去るデンスの後ろ姿を見て、起き上がると小首を傾げたが、突然、背後から肩を叩かれ、カイルは振り向く。そこには、満面の笑みをたたえた中隊長のトーリスがいた。そして両肩をガッチリと掴まれる。


「カイル! 良くやった!」


 賭けの結果が出たらしく、どうやらトーリスの独り勝ちとなったらしい。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 カイン城には、四基の大型炉が設置されている。

 両側の断崖内部にある生産区画に、それぞれ各二基ずつ振り分けられ、主に武器等の生産に寄与していた。また、膨大な熱量を利用して、地下水を沸かし機械の動力源にも活用している。

 この城塞は、地上に建てられたものと違い、山脈内部に坑道を張り巡らしているため、坑道内は空気が澱みやすい。酸欠や病気の蔓延を防ぐ様に、蒸気の力で大型の送風機を動かして、坑道の空気の流れを良くするようにしている。また、冬季には炉で暖められた空気を坑道内に送ることで、火を使わなくても暖を取れるように工夫し、空気を汚さないように気を遣っている。

 蒸気とお湯の一部を活用し、城塞内には大小合わせて八箇所の浴場がある。清掃を行う午後の一時を除いて、いつでも誰でも利用可能だ。身体を洗うための洗い場のほか、お湯の温度をそれぞれで変えてある浴槽や蒸気を利用した蒸し風呂、火照った身体を冷やすための水風呂などがある。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「いや〜、やっぱりお風呂は、さっぱりするね。お風呂の後の水は冷たくて甘く感じて美味しいしぃ」


「いやいやカイル甘いな! 風呂の後は、冷えたエール酒だろ! このシュワシュワ感がたまらん。くあぁ〜しみる〜」


 似た者同士の師弟が、それぞれ似たような感想をしつつ、飲み物を堪能している。

 ここは食堂に併設している談話室だ。食堂は通常の食事や勤務の合間の休憩に使われるが、談話室は非番の者たちの溜り場となっている。談話室では、飲酒も認められているが、水以外の飲食物は全て有料だ。

 戦士たちは、通常の任務をこなすだけでも定期的に銅貨を支給されるが、怪物を倒しコアを手に入れたり、薬草などの収集を行うと支給金とは別に、特別報酬をもらう事が出来る。その報酬を使い、食堂での配給以外でも飲食物を手にする特権を持っている。


 ヒト族は、安全を手に入れたが、困窮からは脱していない。

 実際、机の上にある料理と呼べるものは、芋類を輪切りにして、お湯で戻した干し肉と一緒に炒めた料理と坑道内で栽培されるキノコ類を焼いたものだ。

 酒類は、ドヴェルグ族から仕入れる事が出来るが、ヒト族にとっては高級品であった。未だ貧しくもあったが、百年も前に比べると毎日食事にありつけ、外敵に怯えることなく安眠できるのは、幸せなことだったかも知れない。


「そう言えば、賭けはどうだったんだ?」


 デンスは、料理を摘みつつ同僚たちに話題をふる。途端に皆渋い顔をするが、一人だけ満面の笑みを浮かべたトーリスが答える。


「皆、二人に半々に分かれてな。最後のアレで判定を揉めたわけだ。結局、引き分けとしたんだが、俺だけが引き分けに賭けてたわけで、クフフ」


「トーリスが、引き分けに賭けたの忘れてたんだよなぁ」


 トーリスが不気味な笑いを浮かべ、それを見た同じ中隊長のセルビウスがぼやく。


「お前らなんで俺に賭けねぇんだよ」


 デンスは、不満そうにカイルに賭けた連中を見渡す。


「それじゃぁなぁ…賭けになんねぇし」


「若者の成長力に賭けたって感じか」


 セルビウスが、黙々と机の上の料理を処理しているカイルの頭を乱暴にかき乱す。


「何するんだよ!」


 その手を払い、セルビウスを睨みつける。


「いや〜、可愛いね。カイルちゃ〜ん」


「ぼ、僕は、そんな趣味ないから」


「いや、俺もないから」


 セルビウスに抱きつかれそうになって、顔を青くして逃げ出すが、至って普通に切り返してくる。すでにここにいる面々は、すでにジョッキニ杯目へ突入し、ほろ酔い気分を味わっている。


「っていうか朝っぱらから酒盛りすんなっ!」


「いやいやカイルちゃん。朝から酔っ払う、これ以上の贅沢はないぞ」


 その言葉に賛同する様に、周りで声が上がる。その声を上げた者たちを見るとそのほとんどが、カイルの上官であるカインライン大隊の幹部たちであった。カイルは、こんなで、大隊は大丈夫なのかと思い頭痛を覚える。

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