第四話 一日の始まり(下)

 東の空が赤く染まり、次第に明るさが増してくる。

 カイルは訓練場に向かう為、階段を降りていくと、ふと途中の踊り場で足を止める。

 東の風景を眺めると岩と砂で覆われた荒涼とした大地が、陽の光に照らされて姿を見せ始める。砂に含まれる鉱物のせいか、辺り一面がキラキラと輝く。この時間帯しか見る事が出来ない虹色の輝きだった。


 この先に、拠点コロンがあり、さらに先には、大森林が広がっているという。五日後に向かう場所だ。


 カイルの心が曇る。


『また、あの恐怖が……』


 不吉な思いを振り払う様に頭を振り、今度こそ訓練所に向かう為、階段を降り始めた。



 訓練場は、崖の所々にある岩棚を利用して作られている。

 岩棚といっても百人くらい同時に訓練を行っても余裕がある広さだ。また、戦時にはバリスタや投石機などの防衛兵器が置かれ、反撃を行う場所でもある。普段は、崖をくり抜いた格納庫にしまわれ、定期的に機材の操作の訓練と点検を行っている。


 カイルはいつもの様に、居住区に近い訓練場へ降りていく。

 すでに十数人の戦士たちが訓練を行なっていた。その中には、同じ隊の先輩たちも混ざっていた。あちらも気が付き、お互い手を挙げて挨拶を交わす。


 先輩たちはすでに剣を使った模擬戦を行なっていたので、その訓練の邪魔にならない様に、軽く外周を一周して身体を温める。

 その後、怪我を防ぐために、入念に体操をして身体をほぐしてから、さらに外周を最初はゆっくり、次第に速度を上げていく。最後の十周は全力で駆け抜ける。

 ここまでは、戦士団で決められた項目だ。自主訓練の場合、それぞれで体力強化や戦闘技能の訓練など、自身で考えて行なっている。


「ようカイル! 身体はあったまったみたいだな。こっちで一戦しねぇか」


 今日は何の訓練をしようか、流れる汗を手ぬぐいで拭いながら考えて時、声をかけられた。

 先輩たちは、休憩とばかりに汗を拭ったり、水筒から水を飲んでくつろいでいる。その集団から上着を脱いで、下着を汗でびっしょりに濡らした精悍な青年が、カイルの方へ向かってくる。

 古傷と素晴らしい筋肉に覆われてたその身体から湯気が出ているように見える。


「やあデンス、今日も調子が良さそうだね」


 カイルが軽く挨拶をする。デンスと呼ばれた青年は、無精髭に覆われた口元を歪めると、突然カイルの頭を乱暴に鷲掴みにし、力を込める。


「お前ぐらいだな。俺にそんな口を聞けるのは!」


 デンスは、カイルの所属する大隊の大隊長だ。上官の更に上の上官であるが、カイルとは昔からの知り合いだった。


「痛い痛い、どんだけ力が有り余ってるんだ!」


「奴らの相手じゃ、物足りなくてな」


 後ろを振り向いて、ニヤリと笑いながら答える。それを聞いた先輩の戦士たちは、親指を下に向けて不満の声を上げる。


 元巡検士だったデンスは、カイン城防衛団の中でも飛び抜けて強い。七年前の事がなければ、今でも最前線であるコロンで、戦いに身を投じていただろう。ここはとても平和だ。デンスのような戦士には退屈なのかもしれない。



 二人は、訓練用の武器庫からそれぞれ剣を選ぶ。訓練用に刃を潰してあるが、当たれば怪我では済まない事もある為、通常は防具もつける。が、二人とも防具を付けない。より実戦的な訓練を目的に、二人で対戦する時にはいつもそうしていた。

 デンスは、躊躇なく両手持ちの大剣を選ぶ。対して、カイルは少し考えた後、細身で片手持ちの中剣を選ぶ。少し離れた位置で向かい合い、お互い剣を構える。


 カイルは、デンスの動きを予測する。付き合いが長い事もあり、デンスは常に接近戦でも狼たちをどうしたら仕留められるか、考えながら訓練を行なっている事を知っている。

 最近では銃を使った戦闘が主流だが、奴らの素早さは尋常ではない。弾を込めている間に接近を許してしまう。接近戦のできが生死を分けると、デンスは考えていた。

 しかも狼たちの毛皮の防御力は強固だ。だから無意識に、奴らの防御力を打ち破れる大剣を選んだのだろう。

 大剣の打撃力は強力だが、小回りに難がある。その弱点を突く為、カイルは速度と小回りを活かせる軽い中剣を選んだのだ。


『今回は対人戦だよ』


 心の中でほくそ笑み、今日こそは勝てるとカイルは考えていた。


「なんだ、来ないのか? なら俺から行くぞ!」


 思考に気を取られモタモタしていると、デンスは声をかけた瞬間に一気に間合い詰め、剣を振り抜いて来る。

 金属の甲高い音が訓練所に響いた。

 突然目の前に現れたように感じ焦ったが、辛うじてカイルは一撃を防いだ。後ずさり、体制を整えようとするが、デンスはそんな隙を見逃すはずもなく、連撃を加えてくる。

 重い大剣の一撃とその後の連撃で手が痺れ、剣を落とす事はなんとか耐えた。


『やばい! 今のはやばかったよ! 余計な事を考え過ぎた。これ以上受けるとまずい』


 カイルは、受けるのをやめ、最小限の動きで避ける様にした。デンスもその動きを見て、大剣を振り回す様な動きに変える。


『まずい! これじゃジリ貧だ!』


 デンスは一見大振りしている様だが、大剣の重さと長さを利用し、遠心力を使って振り回しているので、見た目ほど力を使っていない。対してカイルは、大きく回避しなくてはならず、体力を多く使う。


『疲れ切る前に、勝負を決めなきゃ! 手の痺れも治ったし』


 デンスは、間合いの広さで力の加減を変えていた。近いときは力を抜いており、離れている時には力を入れて速く振る。


『好機は一度! 二度目はない! ここだ!』


 デンスの動きを見計らって大剣を受ける。そのまま剣を滑らせ、デンスの胸に向かって剣を突き出す。カイルの剣は、デンスの胸をかすらせ、切り傷をつける。が、デンスも片手を剣から離し、身をよじって避けながら、デンスの剣はカイルの首に軽く当てる。

 一瞬の沈黙の後、観衆と化していた戦士たちが歓声を挙げる。


 フーっと、カイルは息を吐き出すと尻餅をついた。そのままゴロっと地面に転がり、空気を求める様に荒く呼吸をする。


 しばらく、動きたくない。カイルは、そう思った。

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