第七話 成人の儀式(上)

 ※日本では、お酒は二十歳から。飲めない人に勧めてはいけません。


 ◆


「そういえば、お前の仲間たちはどうした?」


 無理矢理、話題を変えようとしている感があるが、デンスがカイルに尋ねる。カイルとしても酔っ払いたちの不毛な争いに関わりたくないので、その意図に乗る事にする。

 そういえばこの時間になっても食堂に現れないのはおかしい。訓練だったら知恵を搾ってサボろうとするが、食事という最大の楽しみを抜くのは有り得ないだろう。


「みんな、気分が悪いって言ってたよ」


 もしかして、流行り病にかかったのかと心配しはじめた。この城の居住区は、坑道を利用している為、妖精族の協力で防疫の対策は多く立てられているが、それでも病が流行ると瞬く間に蔓延してしまう。特にこれから流行り始める季節だ。この百年の間、危機的状況は何度かあったので、軽い症状でも見逃す事はできない。


「は、流行り病なのかな? 他の部屋のみんなも大丈夫だろうか? ちょ、ちょっと見て来る。司令官にも伝えといた方がいいよね」


 カイルは、急に不安になり腰を浮かそうとするが、デンスに肩を掴まれ押し止められる。


「ちょっと待て! 多分大丈夫だと思うぞ。なぁ」


 そう言って、デンスはカイルを捕まえて椅子に座らせ、少し焦り気味に他の面々に同意を求める。周りの面々も少し顔を引き攣らせ頷き返す。

 カイルは、その雰囲気に疑惑を持ち眉間に皺を寄せる。


「何を隠しているのかな?」

「べ、別に隠してないぞ」


 上官たちは、普段はだらしなくとも歴戦の戦士だ。たかが新兵の雰囲気に押される事はない。しかし、カイルに対しては別だった。なぜかカイルの感情の昂ぶりを感じると落ち着かなくなる。


「い、いや、昨日の夜、ボースがな…」

「ボースがなに?」


 圧に耐えきれず、トーリスが口をわる。

 溜め息ついて、デンスが答える。


「別に隠す事でもないし、奴ら、昨日の夜ここで飲んでたんだ。ボースが成人の儀式だとか言ってな。言っておくが、お前を仲間外れにしたわけじゃないぞ、お前が見つからないって探してたしな」

 と、昨晩について話し始める。


 

 ◆



「諸君! これより成人の儀式第一弾を執り行う」


 新兵たちは、談話室の片隅で、額を合わせる様に、円形のテーブルを囲んでいる。その中でも最も体が大きく、その顔立ちはすでに青年といってもよい者が、何故か小声で宣言する。


「ボース、何でコソコソしてるの?」

「馬鹿! 静かにしろ。周りにはなぁ、狼がいっぱいいるんだ」

「はぁ?」


 仲間たちには、ボースの言っている事が理解できなかった。周りを見渡すと、自分たちと同じ様に任務を終えた戦士たちが、エール酒を片手に談笑したり、カードゲームをしてくつろいでいる。


「実はな…これを見よ!」


 ボースは、手に持っていた鞄からガラスでできた瓶を何本も取り出す。中には無色透明なものや白いもの、赤や茶色のもの、琥珀に輝いている液体が入っている。


「知り合いのドヴェルグに頼んでな、お前たちの為に安く分けて貰ったんだ」


 ボース以外の仲間たちは青ざめる。


(これはダメなやつだ。絶対、怒られるやつだ)


 飲食に関する物は、他種族からの個人的な売買は禁止されている。ヒト族は、未だ食糧に困窮している。その為、兵站部が購入管理して、配給を行なっている。個人購入を認めてしまうと、財産を持たない生産職の者たちが飢えてしまう。が、ヒト族は常飲する習慣がない為、酒類に関しては大目に見られていた。しかし、発覚すると当然罰せられる。


 カインライン大隊の幹部たちは、酒好きが多い為、他の大隊に比べて緩い。ボースは何度となく見逃して貰っていたが、見つかってはいけない人物に捕まり、降格のうえ、新兵のお世話係となっていた。それが無ければ、小隊長となっていてもおかしくはない実力を持っていた。本人はそんな状況を残念とも思っておらず、結構、今の立場を楽しんでいた。


「カ、カイルはどうしたのかな」


 流石に、一緒に飲み始めたら罰せられると思い至った一人が、この場を収めてくれる仲間の名前を出した。


「ん、ああ、アイツな。なんか、副長に連れて行かれたぜ。しばらくしたら来るだろ」


 ボースは、気のない返事をしつつ、それぞれの瓶から木のコップに注いでいく。


(ククク、いい機会だぜ。小煩いアイツがいないし、新兵訓練が終わるまで待たなきゃいけないと思ったが、遠征万々歳だな)


 そんな邪悪な考えを微塵も顔に出さず、全てコップに注ぎ終えた。


「ほれほれ、丁度、五種類あるしな、好きなヤツを選べ」

「好きなヤツを選べたって、飲んだ事ないんだから分からないよ」


 それぞれ、香りを嗅いだりして、戸惑いながらも好奇心には勝てず選んでいく。


「よし、皆んな持ったな。では、新たな成人に、乾杯!」

「「「「成人に乾杯!」」」」


 皆、唱和し一気に飲み干す。


「くぅ〜しみる〜」

「お、甘くて美味しいかも」

「結構、いける。昔、食べた果物みたいだ」

「ぐぉ、ゲホゲホ」

「うお、胸が胸が」

「わっ、馬鹿、吐き出すな! もったいない!」


 その後、それぞれ飲み比べていたが、新兵たちに人気があったのは、琥珀と赤の酒だった。はじめての事もあるが、新兵たちはあっという間に出来上がり、次第に変な盛り上がり方を談話室の片隅でしていた。


「ウヒャヒャ、にゃんキャ〜、気持ちよ〜くなってきなにゃ」


「あはは、びょ〜しゅが〜、にじゅうううにみえゆ、っよ!」


「お前たち、もうちょっと静かに! 静かに、な! しような!」


 流石のボースもちょっと焦り始めた。周りの視線を感じていたが、振り向けなかった。


(こいつら、いつもは大人しいのに、酔うとこんなに変わるのか。危険だ! 危険だ! 次、誘うのはよそう! うん、一つ学んだぞ!)

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