第八話 成人の儀式(下)
「おい! 楽しそうだな」
ボースが別の意味で別世界に行っていると、馴染みのある声に現世へ戻された。出来の悪い人形の様に、ゆっくり首を回すと、そこにはデンスとトーリス、セルビウスの三人が立っていた。
「食堂の外まで聞こえていたぞ」
デンスは、テーブルの上にある瓶を見ると手のひらで顔を覆った。
「ボース、本当にお前、懲りないヤツだな」
「コリャ、上物だな。新兵にはもったいない」
「しかも飲み方がなってない」
トーリスとセルビウスは、余っているコップに瓶から少し注いで、香りを嗅いだり、口をつけて感想を述べる。
デンスは、深い溜め息をついて周りを見渡すと、期待のこもった視線が集まっている。もう深夜になろうとしているので、かなり人は減っているが、まだまだいる。しかも他の大隊の者もいるのだ。
「皆んな悪いが、ここだけにしといてくれ」
「ああ、いいぜ、分かっているんだろうな、ボース」
デンスが口止めを依頼すると、他の大隊の一人が答える。実は度々ボースはやらかしているので、この談話室を利用している面々は、その度にご相伴を預かっているのだ。既に公然の秘密とかし、次はいつやらかすのか、ボースに尋ねる者もいる。
「はいはい、分かりましたよ。とんだ出費だ」
ボースは、鞄から次々と瓶を取り出した。
「お前、どんだけ貯め込んでたんだ」
「カイルと同じ部屋になってから飲める機会が無くて。アイツ、こういうの厳しいでしょ。戦士たる者、いつ如何なる時も戦える状態でなくてはならないって言って」
「あ、ああ、そ、そうだな」
しょんぼりしながら愚痴るボースから視線を逸らし、デンスは言い淀む。
「ま、まあ、今日だけは存分に飲め」
ボースの肩を叩いて元気づける。
「皆んな、渡ったか? それじゃ、なんだ、ああ、新しい成人に!」
「「「新しい成人に」」」
その場にいた全員が立ち上がり、ボースが連れてきた新兵に向かい、コップを掲げて唱和する。
「「「乾杯!」」」
「……と、言うわけで、朝まで飲んでた」
「ボースはともかく、他の連中は今日一日、起き上がれないだろうな」
「俺たちが行く前に、変な飲み方をしてたしな」
三人がそれぞれ笑いながら答えると、他の面々の半数が満足そうに頷いており、残りの者は残念そうな表情を浮かべている。
「って言うかさ! それってダメな事だよね!」
仲間外れにされた感の悲しさもあり、制御できない底知れぬ怒りが湧いてくる。
(ああ、ダメだ、抑えきれない)
「そもそも成人の儀式ってなにさ!」
カイルの視界が次第に紫色に濁っていく。
そして、情景が変わる。自分の周りには多くの人が倒れている。老若男女関係なく、身動きしない。明らかに死んでいるのだろう。頬に熱いものが流れ落ちる。強い悲しみと胸に穴が空いた様な寂しさに支配されていく。次第に沸々と怒りが湧き上がり、紫色の炎が視界を覆う。
「落ち着けカイル!」
その時、デンスの戦闘で使う様な鋭い声で、紫色に染まった情景が瞬時に消え失せる。
「落ち着くんだ。深く息を吸え、そうだ、ゆっくりと呼吸をしろ」
カイルは、右手で胸を押さえてデンスの指示に従う様に、荒くなった息を整える為、深呼吸をする。やがて息が整った合図の様に、カイルは椅子に倒れ込む。
普段見られないカイルのあまりの剣幕に、周囲の面々は驚きを隠せなかった。付き合いの長いデンス以外は。
カイルは、度々、暴走状態に陥る事がある。はじめは子供によくある癇癪だと思っていたが、法則がある様だった。疎外感を感じた時、自分や仲間が危機に陥った時になる。それも、とてつもない力を発揮していた。歴戦の戦士であるデンスですら、その状態になると、一人で止める事は至難の業であった。最近では、今やった様に気合いを込めて呼びかけると、目が覚めた様に元に戻るが、なぜなのかはわかっていない。
「予想外の事もあったが、お前の質問に答えてやろう」
デンスは意地悪く言うと、カイルは顔を赤くし縮こまる。
「そもそもは、新兵訓練を終了し、一人前の戦士として認める儀式だ。けど、まあ、今回は急遽前倒しで任務が発生してしまった。例え、輸送任務であっても外に出るんだ、危険はそれなりにある。新兵の初任務の生還率は半々だしな。ひょっとしたら帰って来れない奴もいるかも知れない。だからボースは、ウチらの大隊の新兵に、ちょっとした成人の儀式をしたんだろうな。ああ見えて、意外と面倒見いいしな」
「デンス、美談にし過ぎだ。あいつは、ただ単に自分が飲みたかっただけだ」
「そうそう、じゃなかったら俺らに黙ってやるか、普通」
セルビウスとトーリスが否定し、デンスは苦笑する。
「でもさ、僕だって新兵なんだよ。僕だけ除け者にするのってひどくない!?」
それを聞いて三人は顔を見合わせる。
「いや、カイルは実戦経験者だし」
「しかも歴戦の戦士でも上位だろう、経験だったら上を数えた方が早いんじゃないのか」
「うーむ、巡検士隊の連中とデンスくらいか?」
三人は腕を組んで考える。
「そもそも、なんで新兵やってるんだ?」
「集団活動のやり方の訓練を覚えるとか」
「馬鹿! ベテランでさえ出来てないのに、そんなのあるか!」
「おいおい、大隊の長が言っちゃうかねー。それは長の責任では」
「なんだとー! お前らケンカ売ってんのか!」
また、違う方向へ行ってしまった。
「はぁ〜、もういいです。僕が子供でした」
そんな事を言いつつも、カイルは内心喜んでいた。新参者としてではなく、既に一人前の仲間の一人として扱ってくれていたんだと、今さら仰々しい儀式なんかする必要もないくらい。
「あ〜ん、やっぱやって欲しいのか? おい、お前ら準備はいいか?」
そんなカイルの気持ちを知らず、デンスが周りを見渡し立ち上がる。それを見て周りの面々も立ち上がる。
「ややや、もう、いいから、いいってば」
カイルは慌てて、手を振って辞めさせようとするが、それを見たデンスは意地の悪い笑みを浮かべる。ジョッキをカイルに掲げて、その場の面々もデンスに倣う。
「未来の英雄!」
「「「未来の英雄に!」」」
「「「「乾杯!」」」」
「やめて〜〜〜」
顔を真っ赤にしたカイルの悲鳴が、食堂の外まで響いた。
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