第十七話 動乱

「なんで、そんなに詳しいんだ? まるで見てきたようだ」


 デンスは、ふと思いついたように訪ねた。


「実際に見てきたからじゃよ。わしもアスクラもそこにおったのじゃ。わしは、鍛冶師として、アスクラは治癒師としてじゃ。もちろんわしらは、武断派ではない。だから生き残っているのじゃが、当時は武断派以外の妖精族も多く参戦しとった」


「私とガガルゴの出会いもヘルクラネイムの町でしたね。我々は補給部隊の一員として滞在していました。あの町は、とても自然豊かで作物も美味しく、のどかで住みご心地の良い場所でした」


「惜しむべきは良い酒が無かったところじゃな」


「貴方は、またそれですか」


「それで、どうなったんだ」


 また、二人の不毛ないい言い争いが始まる気配を感じ取り、デンスはすかさず横槍を入れた。


「簡単に言うと。防衛における方針の違いで大揉めしたんじゃ。実際には、武断派の連中が、駄々をこねたと言うところが正解じゃ」



 ヘルクラネイムは、防衛には適していない町であった。

 農耕区、旧住民区、新住民区の三つの区画に分かれているが、湖を囲うように農耕区と住民区が入り乱れていた。このような造りになったのは、この町の成り立ちに関係している。



 湖の近くに小高い丘がある。

 二本の流れの速い川が、この丘を避けるように湖に流れ込む。

 丘の頂上には立派な大木が一本、そびえ立っていた。その大木を飾るように、紫色の花が咲きこぼれている。

 丘の麓には、かつては豪奢であったであろう建物の遺跡がひっそりと建っていた。何かを祀る祭壇だったのかもしれない。湖にほど近い場所にも多くの遺跡が点在していた。かつての住人の住居跡のようだった。


 この場所は、三方を川と湖に囲まれており、残りの一方も湿地帯となっていた。土壌も豊かで、小さな森もある。住居跡を利用すれば、それほど時間もかからずに家を造ることもできた。まるで、創られたような理想の場所であった。

 最初に移り住んできたヒト族も、この場所を選ぶのは必然だったのであろう。


 やがて、追われて逃げて来た人々が増えると、この場所だけでは養えなくなってくる。家を建てる場所がなくなってきたのだ。

 この場所ほど理想的ではないが、湖の周りには、まだまだ天然の防壁に守られた多くの土地があった。

 農耕には向かないが、湖に突き出た半島や湖に浮かぶ島々、小山と呼んでもよさそうな高台などに、住まいを建築する。そして、あまり防衛には向かない土地を農耕地としていった。

 こういったことで、継ぎ接ぎだらけの集落の集まりとなっていた。この頃は、妖精族と狼の激戦地は、遥か彼方の北部地域だったため、この程度でも防衛には差し支えなかった。敵といえば、湖に獲物や水を求めてやってくる、大熊や大猪くらいであった。



 時は流れる。



 北部の戦いでは、妖精族が劣勢になり始め、ヒト族も遠方の集落から訪れなくなっていた。次第に狼が姿を見せるようになり、周辺の集落との連絡も命懸けとなり始めた。

 しかし、悪いことだけでもなかった。


 妖精族がヘルクラネイムを補給基地として活用を始めたことで、交流が盛んとなった。特にドヴェルグ族は、武器の製造や城壁の強化に協力的で、町の防衛力向上を手助けしてくれたのだ。



 妖精族といっても多様で、中にはヒト族を快く思わない種族もいる。

 その多くが武断派で、その筆頭が巨人族の末裔と言われているオーガだ。

 彼らは力自慢で、身長が六パスアス(約三メートル)以上もあり、全身に金属鎧を装備し、大剣や槍斧を軽々と振るう。

『力こそ正義』を体現する種族であるから、三パスアス(約百五十センチ)しかない非力なヒト族を見下していた。


 武断派と言って良いかわからない者もいる。

 見た目はヒト族と変わりないが、尖った長い耳と頭の両脇から羊を思わせる角を生やしたグイシオンは、ヒト族に対しは無関心であったが、狼に対しては極度の強硬派でもある。金属を嫌う習性らしく、革と何かの鱗を組み合わせて作った鎧を装備し、太い木の棒を武器としていた。

 普段はおっとりとしているが、いざ戦い狼と戦いになると、狂ったように棒を振り回し突撃していくので、組織的に戦うには扱いにくい種族であった。


 森の護人として知られるウッドワスは、全身毛むくじゃらで顔も毛で覆われており、つぶらな瞳だけが垣間見える。彼らは武器を使わず、大きく長い腕で戦う。捕まれば、ものすごく強い握力で簡単に引きちぎられるだろう。

 彼らは、言葉に難があるため対話がしにくい種族だ。そこは、ピクシーが仲立ちをしてくれた。

 彼らも故郷であるミュルクヴィズの森を狼たちに荒らされ、撃滅のため動き始めたのだ。


 武断派ではないが、多くの種族との仲を取り持ってくれているのが、ピクシーだ。

 ピクシーは、一パスアス(約五十センチ)に満たず、ヒト族の子供のような姿をしていて、背中に昆虫の羽を生やして飛び回ってまわっている。

 男性は、トンボのような白い半透明のはねで、女性は蝶のように綺麗な模様を持った翅をしていた。

 そんなをしているから、もちろん戦闘には不向きだ。しかし、ピクシーは幻術を得意としているから戦闘支援には欠かせない存在となっていた。

 それに、見た目からは想像できないが、かなりの働き者で、太古から食べ物のありかや危険を知らせて、ヒト族を助けてくれた。ヒト族がこれまで生き残れたのは、ピクシーのおかげもあっただろう。ただ、かなりのイタズラ好きで、ドヴェルグはいい標的まとにされていた。

 そのため、ドヴェルグの工房には、『ピクシー立ち入り禁止』の札が必ずかけられている。



 アルヴやドヴェルグの中でも武断派に賛同する者はおり、行動を共にしていた。妖精族も一枚岩ではなく、狼憎おおかみにくしでまとまっているだけで、連携も取れていなかった。そこを突かれ次第に劣勢となっていたのだ。

 だからあの日、狼たちが挑発まがいに攻めて来た時、武断派がすべての制止を振り切り出陣するのは必然だったのだろう。


 一方、狼たちも闇属性の大紫狼族だけではなく、火、土、風といった別の属性の狼たちも参戦するようになり、戦禍が大きくなっていたのだ。

 すでに動乱と呼んでも良いくらいの規模になっていた。

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