第十六話 策略

「ヒト族には、精神の鍛錬が足りないと常々言ってきたが、感情に溺れるなと。恥ずかしい話じゃが、妖精族にも武断派がおるんじゃ。武力によって問題を解決しようとする者たちじゃ」


 ガガルゴの話によると、ヒト族がノックスに定住する以前から大紫狼との大規模な戦いを繰り返していたそうだ。もともとの妖精族の勢力範囲は、ミュルクヴィズの森とその北部に渡っていた。


 はじめのうちは、妖精族が優位に立っていたが、次第に狼たちの強さが増していった。その進化は、通常では考えられないほど早かった。やがて、妖精族の優位は崩れ、徐々に押されるようになった。

 その進化は謎のまま、現在のカイン城まで下がることとなったのだ。その撤退行の最中、ヒト族と出会ったそうだ。


 当初、妖精族の指導層は、何も力を持たないヒト族を助けることには、前向きではなかった。ただでさえ、狼との戦いに悩まされている。余裕が無い状況で、足を引っ張りそうな不測な存在へ手を差し伸べるのに難色を示すのは、当然のことだろう。



 別の考えを持つ者たちもいた。

 大紫狼は、なぜかヒト族を狩るのに執着していた。それを利用して、撃滅すべきだと主張する一派だ。

 当時のヒト族も決してやられているばかりではない。自分たちの村を守るため、強固な防護壁を作り対抗していた。それを利用して、狼たちが攻めあぐねている時に、妖精族が後ろから強襲をかけるという案だ。



「利用される側は腹が立つけど、悪い作戦ではないと思う。もし、その立場なら俺でもそうしたよ」


 デンスは、冷静な戦士の観点から考えた。

 勝利のためならば、そのための犠牲も必要であることを知っていた。ヒト族も犠牲という生贄を差し出して、種族の存続を延ばしてきたのだ。それがこの世界の『ことわり』だ。

 しかし、感情としては別だ。モヤモヤしたものを胸に、先祖の霊へ黙礼を捧げる。



「最終的には、その作戦は失敗に終わった」


 ガガルゴは、渋い表情を浮かべて続ける。


「武断派は、狼を侮っていた……」


 武断派が全滅し、ヒト族がノックスへ移住するキッカケとなった戦いだ。




『狼を侮るべからず』


 事あるごとに、言われている。奴らは、狡猾で頭が良い。

 それは、百年前でも変わらなかったはずだ。そうでなければ、妖精族の戦士団が苦戦するとは思えなかった。特に武断派は、妖精族の精鋭だ。彼らは強かった。だからこそ、力で物事を解決しようとしていた。



『力こそ全て』


 武断派の論理であれば、勝った者が強者であり、より強い者に敗れるのは本望であっただろう。自分たちは狼たちより強者だと思っていた。


 狼たちの策略だったのか。

 いつから始まっていたのか。


 初戦では、当然勝利するであろう。

 二度三度と同じ作戦を続けても勝利を重ねた。それは、次第に慢心を産んでいった。


『所詮は狼どもも獣だ』


 十回もの戦闘で勝利を続けると、次第にその考えに染まるのも当然だった。戦闘を分析し、内容を吟味する慎重な者がいれば、結果は変わったかもしれない。そもそもそのような者は、武断派ではない。狼たちの損害は、それほど出てはいなかったのだから。

 この時点では、「舐めすぎない方がよい」と意見する者もいた。戦闘巧者は、特にだ。


 だが、勝利が二十回を超えて、楽に勝利を得ることができ始めると、その意見も臆病者の戯言と思われるようになっていた。そう断じられた者は、不承不承ついて行くか、派閥から離脱することになり、力押し一辺倒となっていく。



 そして、その時がやって来た。



 この頃になると、ヒト族と妖精族は交流を重ねていた。

 囮になるとはいえ、ヒト族にとっても共闘できる存在ができたので、悪い話ではなかった。それまでの孤立無援に比べれば、良い方向への変化だった。そして、この時のヒト族には、カインとその仲間たちがいた。


 カインたちは、妖精族の戦士にも引けを取らないほどの技量を持っていた。彼らが、なぜそれほどの力を持っていたかは、今でも分かっていないが、ヒト族の戦士団では英雄譚の物語として、誇張されているのではと片付けられている。


 しかし、妖精族では、その時に生きていた時に出会っている者たちも多くいる。カインを知る者は、その力の源が分らずに不思議に思っていた。それが後の事件につながっていく。



 カインのいた村ヘルクラネイムは、ヒト族の集落でも最大規模を誇っていた。

 広大な敷地を丸太で作った城壁で覆い、狼に追われた人々を吸収して、町と言ってもよい規模となっていたのだ。人が増えると食糧事情の問題が出てくるが、周囲から河川が集まる大きな湖があり、豊富な水と肥沃な大地が豊穣をもたらした。長い年月、強者に追われ虐げられ続けていたヒト族にとっては、楽園ともいえよう。

 ノックスに一番近くにあったため、妖精族も戦士団の補給基地としても利用していた。その代価としてヒト族は、妖精族の強力な武器を仕入れて、共に戦っていた。


 とあれ、高い城壁に囲まれているから安全とは限らない。

 その時もそうだった。


 その日の襲撃は、普段より狼の数が多かった。ヘルクラネイムを襲った狼の数は、総戦力と思われるほどの数だ。

 周囲に潜伏している偵察隊からの連絡がなく、不審に思っていた矢先だったので、ヒト族の防衛隊を指揮していたカインは、武断派の隊長に様子を見ることを薦めたそうだ。狼の動きがいつもと違うことに懸念を覚えていたからだ。

 その提案を笑い飛ばし、いつものごとく武断派は、襲撃を受けていない門から出撃し、大回りをして狼の後背をつこうとしていた。



「こうして、ヒト族と妖精族と狼族、三者の運命を決定づける戦いが始まったんじゃ」


ガガルゴは、淡々と話を続けていく。狼の目的と共に。

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