第十五話 魂喰

「何だって!」


 デンスは怒りを含んだ声を上げた。

 やはり、皆が言うように妖精族は信用ならないのか。彼らにとって我々は、家畜と同じように見ていたのか。

 デンスは、それほど多く妖精族と知り合った訳ではないが、少なくとも出会った者たちは、ヒト族と姿が少し違う程度で何も変わらない。


 そして、アスクラは、デンスの怒りにさらに油を注いだ。



「私もかつて、その実験に携わっていました」


 それを聞いたデンスは、怒りが頂点に達した。

 悲しげな微笑をたたえたアスクラに、掴みかかろうとベットから飛び出したが、首下の激痛を感じ体勢を崩してしまった。

 ガガルゴが、デンスの右腕を掴み、投げつけるようにベットへ引き戻した。


「ウグゥ」


「落ち着け小僧!」


 痛みに悶絶しているデンスに向けて、地に響くような大声で怒鳴りつける。


「ガガルゴ! 乱暴にしないでください!」


「しかし、主が望んだことではないじゃろう。あれは、ヒト族が望んだものじゃぞ!」


 アスクラは、デンスに駆け寄り治癒を行おうと手をかざすが、彼はその手を振り払った。


「どういうことだ」


 痛みによって、デンスは苦悶の表情を浮かべながら問いただす。

 ガガルゴの言ったことは聞き捨てならない。



 ◆



 ヒト族がノックスに定住して、落ち着いた頃だった。

 妖精族の戦いを間近に見る機会が増えたことで、疑問が浮かんでくることがあった。


 当時の指導層は、もちろん外の世界を放浪していた時代の生き残りだ。彼らは、英雄カインを筆頭として、時たま現れる常人を超えた存在を知っていた。

 英雄たちは、一人でも狼や怪物を屠ることができたという。外の世界にいた時は疑問に思わず、ただ英雄の所業と讃えていた。しかし、余裕ができれば、その原因を知りたくなるのは、ヒトのさがであろう。


 そう、妖精族の戦い方と英雄たちの戦い方が似ていたのだ。



 その研究の始まりは、別の事柄からだった。

『都』に移り住んだ者たちは、他の地方に住んでいるヒト族より、明らかに命数が短かった。それは、時間が経つほどはっきりとしてきた。

 定住することで、貧しいながらも食糧事情が良くなり、飢えや疫病で死亡する者が減り、寿命が延びていった。

 しかし、最も安全である『都』に住んでいた者は、三十歳前後を境に衰弱して、やがて死を迎えた。その原因は、長らく不明であった。


 それに気がついたのは、『命の属性』を持つアルヴたちが、看護と治療に加わってからだ。


『命の属性』の者たちは、肉体の状況を把握するために、コアや理力の流れを詳しく視る観察眼を持ち、肉体を操作することができる。それゆえに、ヒト族がコアを持たないことは、早い段階で分かっていた。同時に、コアの代わりに『魂』というものを持つことも。

 彼らには、『魂』を視ることができたのだ。


 この『魂』が、ある一定の濃度の源素と交わると反発して、大きな力を生み出す。その力にヒト族の身体は、耐えることが出来ず、衰弱してしまうのだ。

『都』に移り住んだヒト族の寿命が短いのは、源素が湧き出す『混沌の井戸』があるため、他の地域よりかなりの濃度がある。それが原因だと判明した。

 妖精族と指導層は、直ちに対策を進め、『混沌の井戸』と居住区の隔離、ヒト族の立ち入りを禁止した。これにより、十年も経過すると『都』のヒト族も他の地域の者と同じくらいの寿命となった。


 だが、それで終わりではなかった。


 これから話すことは、禁忌とされ、当事者にも厳しい緘口令がしかれ、ごく一部の妖精族とヒト族の指導層しか知らない。


 研究者というものは、救われない者なのかもしれない。たとえそれが倫理に反すると分かっていても、知的好奇心の欲求に惑わされてしまう。

 それは、精神操作の訓練を行った妖精族も同じだ。はるかに精神が弱いヒト族はなおさらだった。


『魂』と『源素』の反発による強大な力の発生。


 ヒト族の肉体では、耐えきれないかもしれないが、では、コアで行うとどうなるのだ。当時、そう考える者は多くいた。しかし、それを行うには生贄が必要だ。ほとんどの者は、良心と共にその考えを捨てた。


 ほとんどの者は……。


 好奇心に屈服した者はいたのだ。

 ヒト族にも、妖精族にも。


『敵』にに対して、劣勢であった妖精族も必要とされた。責任感が強い者ほど、その傾向に流されていった。



 そして、密かに実験が行われた。

 結果は成功。

 力が増幅したという結果に対しては……。


 そして、暴走してしまった。


 自己の精神操作は役に立たず、ただひたすら力の欲求を受け入れる存在が出来上がった。『魂』を求め、力を振う。それは、ただ欲求を満たすだけの怪物でしかない。


 そいつを活動を止めた時には、研究所は血の海と化し、数十人の妖精族の戦士が殺された。幸運だったのは、そいつが、力に振り回されて、使いこなせなかったことだろう。


 この化け物を『魂を喰らう者ソウルイーター』と名付けた。



「狼たちが、執拗にヒト族を狙ってる目的が、この事件で分かったのじゃ。奴らは、ヒト族の魂を啜ることで、短時間に強さを手に入れた」


 ガガルゴが、疲れ切った様子で締めくくった。それを労わるようにアスクラが、彼の肩に手を置いた。


「今さらだが、俺が聞いても良いのか。禁忌なんだろ」


「それについては、許可をいただいております。貴方にも協力をしていただきますので」


誰から許可をもらったか、問おうとデンスが、口を開く前にガガルゴが話を進めてしまった。


「当時、アスクラは、源素中毒を起こしていたヒト族を助けるために、中和の方法を研究していた。ある程度の成果は出ておったな」


「ええ、それを別の目的に使われるとは、思いもしませんでした」


 アスクラは、色が変わるくらい拳を握りしめた。


「よく二人とも無事だったな」


「わしは、頼まれて警備のようなことをしとってな、ちょうど武装していたのが、さいわいじゃった。ヤツはめっぽう強かったぞ」


 ガガルゴは、当時を思い出すように、椅子に深く座り直し、天井を見上げた。


「だが、狼どもが、俺たちの魂を喰うことを目的にしているんだったら、ヒト族が表立って戦うのはまずいんじゃないのか」


 デンスは、今は亡き女性を思い浮かべながら、疑問を問うた。誰でも簡単に思うことだ。妖精族の軍隊が、方を付ければ良い話だろう。

 アスクラは、デンスの目をしっかり見据えて話した。


「そのことは、今まで膨大な時間をかけて、分析と議論を行ってきました。狼たちの次の目的は、より良質なコアの吸収です!」

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