序章 第二話 転移装置

 かつて世界は、楽園だった。

 大地は豊かで、新緑が覆い、穏やかな気候により収穫される作物は溢れるばかりだと伝承に残る。

 古種族は、その中で豊かさを謳歌し、強大な文明を生み出した。だが、同時に世界は停滞することとなる。何もせずとも豊かさは損なわれず、無理に変える必要を感じなかったからだ。

 人々は進歩することをやめてしまった。


 本当にそれで良いのか?


 ごく僅かだが、そう考える者たちもいた。しかし、大多数はこのままが良いとしていた。だが、楽園は永遠に続かない。


 停滞した世界では、時間が存在しない。

 今となっては、実際にあった年代を特定できない。


 異界より異物の侵入が確認された。

 それは、最初は大した力を持っていたわけではない。

 その後、度々世界に侵入されたことで、分かることだった。

 

 当時の楽園の人々が気がついた時には、その異物は強力な力を持っており、あたりにあるものを手当たり次第に喰い尽くしていた。

 それを救ったのは、世界の停滞を懸念していた変革を恐れない人々だった。

 彼の者たちとその眷族たちは、後に「真王」と呼ばれ世界を統べることとなる。


 この戦いによって、世界は荒廃し、文明は崩壊した。

 その名残が、世界の各所に点在し、現在でも利用されている。


 名もなき年代家著

『年代記 神々の楽園の失墜』

『年代記 真王の台頭』より


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 

 その広間は円形をしており、つなぎ目が見えない滑らかな金属に覆われていた。時折、虹色の光が発生すると、文字なのか模様ようなものが浮かび上がる。どうやら源素に反応しているようだ。天井は高く、そこからは白い光が広間を照らしていた。

 広間の中央には、巨大な八重の輪が立てられている。円の中央に向かうにつれ、ぶつからないように直径が小さくなっているが、幅は全て同じだ。その輪には、はっきりと文字が描かれているが、何の言葉なのか読める者はここにはいない。その輪を囲むように、いろいろな機材が置かれており、銀髪のアルヴたちが忙しそうに働いていた。

 そのような場所に、テネブラエは入っていった。



「みんなぁ、頑張ってるぅ。これ差し入れ」


 できるだけ元気よく私は、腕いっぱいの作物を少し掲げて挨拶をする。


「あ、いつもありがとうございます。こんな所にこもると、なかなか新鮮な物が食べられなくて、ああ、その机に置いてください」


 近くにいた若いアルヴが駆け寄り、作物を受け取ろうとするが、盛大にぶちまけそうなので、最寄りの机に誘導する。


「あれ、テネブラエ様、泣いてます?」


 間近に寄ったせいで、涙の後に気がつかれてしまった。私は、自由になった両手で慌てて拭った。


「えへへ、くる途中でフェンリルのお腹にモフモフしたら、体毛が目に入って大変だったのよ〜」


 辺りの温度が一気に下がったような。咄嗟に言い訳をしたら、ものすごい化学反応が起きてしまった。


「おい、フェンリル! 俺たちのテネブラエ様に何てことしてくれるんだ!」

「そうだ! そうだ! だいたいなんでお前がいるんだよ!」

「お前が来ると、毛が飛び散って掃除が大変なんだからな」


 ええ、いつから私そんな存在になっちゃったの?

 彼らは、妹のアエラから借り受けたアルヴの研究者たちだ。この広間にある転移装置を稼働させるため、常時待機している。まだ未完成なのだそうだけど運用には支障はないそうだ。けれども運用には、まだまだ多くの研究者や技師が必要らしい。


「フン、私はテネブラエ様の護衛だからな。この方の行く所へ付き従うのだ」


 フェンリルは、なぜか誇らしげに胸を張り、大きなふかふかの尾っぽを大きく振っていた。研究者からは、歯軋りの音が聞こえてくる。

 ああ、フェンリル、それがダメなんじゃない?

 フェンリルの尻尾から振られるたびに、銀色の輝きを放ちながら、体毛が散っていく。彼と研究者たちは睨み合い、一触即発な雰囲気になってしまった。


「待って待って、貴方たちアルヴの長髪も滑らかで気持ち良さそうだし、転移が発動するまでの間、順番に撫でてあげるから」


 仲裁に入ろうと、何気に言った言葉で、ピリピリした殺気が急激に消え去った。

 なんでなんで、みんな撫でられるのが好きなのかな? そういえば、領地のみんなも撫でられると喜ぶし。



 王たちは、それぞれ司る権能を持つ。

 彼女は愛と破壊を司り、精神の属性を持つ闇の王、テネブラエ。

 彼女に触れられれば、母親に抱かれているような安心感を得られ、魅了する。

 他の王が最も危険視している最強の能力。



「テネブラエ様! 残念ですが、それはまたの機会に、転移装置が稼働します。みんな、稼働準備に入りなさい!」


 女性のアルヴが声を上げると、みんななぜか夢から覚めたように私への熱気がうすれて、それぞれ担当している装置へ駆け出した。


 あの子は……、いつも、アエラと一緒にいた子だったような。

 名前は……、なんだっけ?

 あれ? 思い出せない。


 アエラって、どんな顔してたっけ?

 ええ、どうして、なんで?


 私は、初めて味合う感覚に混乱してしまった。そもそも、混乱することはあり得ない。私の権能は精神を司るのだから。


 ズキッ。


 頭が痛い。



 私が痛そうに、こめかみを抑えていると、フェンリルが心配するように身を擦り寄せてきた。


「大丈夫よ。ちょっと頭痛がしただけだから。装置と相性が悪いのかな」


 そう言って、フェンリルの頬を撫でる。今までこんなこと無かったのに。

 これまで幾度となく転移装置を利用してきたのに、こんなことは初めてのことだった。不思議に思っていると……。


「おい、レナ! なんか変だぞ。いつもより転移装置への充填が速い。まるで源素が活性化しているようだ」

「大丈夫よ。特に問題は無いわ」

「ああ、問題無い。よし、装置を稼働させる!」


 私がいつも、隊長さんと呼んでいる男性のアルヴが、次々に装置のスイッチを入れていく。

 八重の輪が虹色に輝き始め、それぞれの文字が、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫と発光する。

 外輪を除いて、時計回りと反時計回りを交互に回転し始めた。速度が上がると、一番外側の輪も白く輝き始める。そして、輪の内側に白い球体が現れた。

 満天の夜空に輝く星々を纏った満月のように綺麗だ。

 やがて、その球体を囲むように、七つの輪が不規則な三次元の動きを行い、徐々に速くなる。中の白い球体が見にくくなって、輝きが収まったと思った時、急激に七つの輪が元の位置へ戻っていった。輪の中心には、水中から覗いて見た時のような、別の風景が漂っていた。


「成功だ。テネブラエ様、無事、ノックスへの門が開きました。いつでもあちらへ移動できます」

「隊長さん、ありがとう」


 いつもながら思うが、すごい装置だ。私は、感心して、この巨大な装置を見上げる。その下では、研究者たちが別の装置を操作して、門に渡るための折りたたみ式の橋を自動的に組みあげていた。


「ねぇ、隊長さん。いつも聞こうと思っていたけど、これって誰が考え出したの?」

「ああ、それはもちろん我が主人アエラ様ですよ」


 隊長さんは、自分のことのように、誇らしげに話してくれた。


「これを世界中に、設置しようとお考えです。それには、まだまだ課題が多いですが、ここまで来たんです。あと少しですよ」


 隊長さんの笑顔が眩しい。


「あの子が……ねぇ。ふぉ〜、すごいなぁ。世界中を瞬時にいけるなんて、素敵ね」


 あまりにも感心しすぎて、口を開けっぱなしにしちゃったけど、バカみたいだったかな。

 あっ、そうだ。みんなにもお礼をしなきゃ。


「みんな、ありがとう。またお願いします。頑張って完成させてね」


 私のできること。精一杯の笑顔を贈ってみた。

 

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