第ニ話 黒い柩(下)

「荷馬車は外せよ」


 投擲手たちは、分かっていると言わんばかりに、それぞれ手を挙げて応える。

 細かな指示を出さずとも、戦闘準備を行う部下たちに満足しながら、クローヴィスはタイミングを測る。


「炸裂弾! 連投!」


 荷馬車が真下に至った時、命令を下した。

 同時に、群れの先頭と殿に炸裂弾が投げられた。

 導火線を調整しているため、頭上で轟音と共に爆発する。小さな鋭い金属が狼たちに降り注ぎ、悲鳴が響き渡る。更に荷馬車の近くに、二度続けて爆音が響き、これで荷馬車の側にいた狼達は、全て薙ぎ倒された。

 炸裂弾の範囲の外側にいた狼たちは、突如起きた轟音に混乱していた。そこへ銃士達の狙撃で一頭一頭を撃ち撃ち抜いていく。最後の一頭を倒すと歩哨に二人残して、クローヴィス達は慎重に降りて行った。


「油断するな! 不用意に近寄るなよ! 二、三発撃ち込んでから近づけ!」


 分かりきった事だが、死んだフリをして隙を伺っている狼もいる。何度となく、それで殺された戦士は多い。

 五名の隊員に、辺りの警戒と狼達のトドメを任せて、クローヴィスは残りの二名を連れ、荷馬車へ向かった。


 荷馬車の周辺は、血の海と化していた。


「ウヘッ、すげー威力だ」


 コルヌが、辺りの惨状を見回し、自分たちのあげた戦果を観察する。


「少しやり過ぎたか?」


 クローヴィスも炸裂弾の威力に驚きを隠せなかった。

 あまりにもうまくいき過ぎて、荷馬車に致命的な損害を与えたかと心配だったが、剣や弓では通りにくかった剛毛を炸裂弾の破片は、いとも簡単に切り裂いた。

 実弾演習で分かっていたことだが、実戦でここまで上手く行くとは思いもしなかった。他の隊員たちも警戒しながらであるが、炸裂弾の威力を讃え、その表情は明るい。不意打ちであるが、ここまで綺麗に完勝出来たことは今まで無かったことだからだ。



「荷馬車の状態を確かめろ」


 コルヌに命令すると、クローヴィスは銃を構えて援護の隊形を整える。

 もう一名は、辺りに散らばる狼達の頭へ、一発づつ撃ち抜いて行く。どうやら生き残っている狼はいないようだ。


 荷馬車への損害は、不思議な事に軽微だった。

 コルヌは小首を傾げる。

 辺りの状況から荷馬車の状態が合わないのだ。もっと不可解な事に、積荷である黒い箱は無傷だったのだ。


「隊長、ちょっと来てくれ、なんか変だぜ」


 コルヌは事細かに、疑問に思った事を報告する。クロービスは辺りを警戒しながらそばへ寄っていく。


「荷馬車は、炸裂弾の破片を取り除けば、移動は問題なさそうだ。でもよう、この箱、傷すら付いてないし、荷馬車に刺さっている破片が、箱に近づくにつれて少なくなっている」


「偶然じゃないのか」


 クローヴィスは、コルヌと見張りを交代し箱の観察を行う。

 箱はまるで、妖精族が死者を埋葬するための柩のようだ。

 大きさはヒト族の女性が入るくらいで、表面は滑らかで光沢があるが、金属では無さそうだった。吸い込まれそうな黒と思いきや液体の様に渦巻き、七つの色が混ざり合い、流動している様にも見える。

 金で作られた植物の模様が装飾されており、箱を縛り付けているかのようだ。

 明らかに、ヒト族とは違う、高度な技術を持つ種族が創り出したものだろう。あまりの美しさについ見惚れてしまう。

 もし、中に人型の何かが入っている様であれば、胸にあたる部分に、文字の様なものが銀で書かれている。


 妖精族の文字だろうか。


 クローヴィスは、何故か導かれる様に指でなぞってしまった。

 瞬間、文字が虹色に輝いた。


「『この者の 愛しきものが 封を解く』」


 思わず口ずさんだ。


「隊長、読めるのかい」


 コルヌが、訝しげに問いかける。


「何言っているんだ。読めるわけ無いだろう」


「いやいや、今、言ってたぜ」


「? 何を言っているんだ? サッサと素材を集めろ! コアも回収も忘れるなよ。これだけの戦利品だ、マグヌスも妖精族の連中も大喜びだろう」


 クローヴィスは、命令しつつも黒い箱から目を向けたまま、離れようとしなかった。愛おしそうに箱を撫でている。


 コルヌは、そんな隊長の態度に不審を抱きながらも素材の回収作業を行う為、その場を離れた。新手の狼がいつ現れるか分からないからだった。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 この狼たちは、大紫狼と呼ばれ、ヒト族にとって長年の宿敵である。

 その名の通り紫色の体毛を持ち、ヒト族の身長をはるかに越す。しかも巨大な体格のくせに素早かった。

 その毛皮はとても丈夫だ。剣や弓が通りにくいことからも防具の素材にはうってつけだが、今までの武器では、倒すのは非常に難しかったのだ。


 一匹を仕留めるのに十人以上の戦士が必要だったが、平地や草原などでの遭遇戦では倒せる見込みはなかった。その為、ヒト族は砦や拠点に引き篭り、防衛戦で対抗する他になかった。


 それゆえに、巡検士隊の面々の喜びようは尋常ではない。今回は上手く行き過ぎた感はあるが、新たな武器を手に入れた事で、これからの戦い方が変わる転機だと誰もが思い浮かべている。


 今回は、炸裂弾の影響で、毛皮はほとんど使い物になりそうになかったが。

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