第一節 穏やかな日常と不穏な気配
第一話 黒い柩(上)
はじまりは何処からであろうか。
悠久の時の流れの中、はじまりを探すのは難しい。
世界が進化し、安定したのは間違いなく竜騎士たちのおかげだ。まぁ、時には混乱も巻き起こしましたが……。
その竜騎士たちの祖は、間違いなく彼でしょう。
ここでは、ヒト族の英雄である彼の生涯を語っていこうと思います。
私はあの当時、ヒト族にあまり良い印象を持っていなかった。
この時代の彼らは文明度が低く、粗野で、品が無く、獣のような種族だと思っていた。我が兄の願いがなければ、姉たちと違い、関わる事はなかっただろう。
彼らは世界で最も弱い種族の一つで、他の種族に常に搾取される側であり、日々怯えと恐怖と共に生きていた。
それでも彼らは、日々一生懸命に生きていた。余裕がなく、その日その日を生きる事に精一杯だった。
なぜ、姉たちの関心を引いたのか、今ならわかる様な気がする。我らファラネンが失ってしまった魂の輝きを、その短い寿命の中で精一杯生きることで発していた。
時は流れ、あれからどれほどの年月が経ったのだろう。
今から思うと私は傲慢だった。
高位の者として、どこかで蔑み、馬鹿にしていたのだろう。
私はその心情に気が付いた時、とても戸惑った。どう接していけば良いのか分からず、その頃の私には感情が乏しかった為、表現する事が難しかった。だからなのか、彼らも私の事を見下されていると思い、避けていたのだろう。
その様な私たちを取り持ってくれたのは、あの二人。あの二人がいなければ、ヒト族はもっと長い間、この残酷な世界を彷徨っていたかも知れない。
そう、これはヒト族の希望となった二人の物語でもある。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
辺りは起伏の激しい荒地だったが、巡検士隊は厳しい峠を登りきった。
巡検士隊は、主に危機となる怪物の動向を探る偵察と薬草や狩猟などの採取を任務としている。拠点コロンの司令官マグヌスが創設した、小隊十名からなる情報収集部隊である。
彼らは、拠点の外で活動する事を目的としている為、戦闘力以外にも知識、隠密能力、索敵能力と非常に高い能力を要求された。
「あの先に……」
その小隊の一人が峠から見える風景を眺め、小さくつぶやく。
豊かな黒髪を風にたなびかせ、女性かと見紛うほどの秀麗な顔をしていたが、明らかにその声は男性のものだ。ヒト族にしてはやや長身で、その身に深紫の革鎧と服を着用していた。狩った狼たちを素材に作った、巡検士隊の正規装備だ。
彼の名は、クローヴィス。この巡検士隊の隊長である。
クローヴィスは、彼方の地をよく見ようと切長の目を細め、想いを馳せる。
遠くには、金色に輝く草原が広がっている。かつて、祖先たちが通ってきた道。伝承では、肥沃な土地だったと伝えられている。
あの土地を手に入れられれば、どれだけ豊かになるだろう。お腹を空かして死んでいく子供たちをどれだけ救えるのか。だが今は、その豊かな草原や森は、狼たちの狩場となっている。
ヒト族は、あの土地を手に入れようと数十年かけ、拠点を次々に作り上げてきた。この峠の近辺まで進出してきたが、それを待っていたように狼たちの逆襲が始まった。
狼たちは狡猾で、まずは輸送部隊を襲撃し、物資の枯渇と各拠点の孤立化を行った。
それに耐え切れなくなり、隙をみせた拠点を各個に滅ぼしていった。数年前、最後の拠点が滅ぼされると、ここまでの道のりは完全に途絶えてしまった。
「もっと力があれば」
悔しい気持ちを胸に、遠くに見える黄金の草原を見つめる。
「おい待て! 狼どもだ!」
峠を丁度越える所で、見張りについていた遠目がきく隊員が気付いた。
それぞれ調査を行う為に散っていた隊員たちは、即座に近くの岩場に隠れる。
巡検士隊が先に、狼の群れを見つけたのは僥倖だった。
「奴ら何を運んでいるんだ?」
狼の群れが、いつもと違う動きに訝しげに思った一人が、望遠
それを聞き、クローヴィスは思案する。
何処かの輸送隊から奪った物だろうか。大抵狼達は、襲撃し食い散らかし去って行く。何かを強奪するなんて話は聞いた事が無かった。しかもこの地域で作戦行動を行なっているのは自分たちだけだ。
「どう思う?」
側に寄ってきた副長のコルヌに囁く様に尋ねる。
「獣人化する個体も確認されているから馬車に固定するのは難義しないだろう。まぁ、この場合、狼車か? ハハ」
肩をすくめてへたな冗談を言った。上手いこと言ったとコルヌは思っていた様だが、クローヴィスに無視されて、頭をかいて恥ずかしそうに続ける。
「あの方向は、かつてあった最後の拠点からだろう。そこで何かを見つけ、向かっているのは……森だな。奴ら本拠地に運ぼうとしている」
それを聴いてクローヴィスは、アゴに指を当てて熟考する。
狼たちの初めて見る行動。何を運んでいるのか確かめたい好奇心。配給されたばかりの新型銃と炸裂弾の実戦での性能評価。新たな情報を得て小躍りする司令官を想像して、口元を歪めながらクローヴィスは決断を下す。
「ついてるぞ! 風下だ。奴らまだ気づいていない」
風向きを確認し、しかも巡検士隊が隠れている岩場のすぐ下を進もうとしている。匂いで気付かれないので、逃げるにしろ戦うにしろ有利な状況だった。
地形も半包囲出来る場所でもある。こちら側は高台にあり、狼たちが登って来るには時間がかかる。攻撃するには最適な場所だ。問題は数だった。
『二十匹前後か…』
対してこちら側は十名。隊員達は、期待の眼差しで隊長のクローヴィスを見て判断を仰ぐ。それを見て決めた。
「やるぞ! 炸裂弾を使う。今なら準備も整う。火種を用意しろ!」
待ってましたとばかりに、各自一斉に展開する。炸裂弾の投擲手は発火機を使い火種を作り、小型の鞄を数個、背負い袋から取り出す。導火線を調整して着火の準備を行う。その他の隊員は銃に弾を装填し、別々の狼に照準を合わせ、発砲命令を待つ。
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