第十三話 回復
あれからニ週間経った。
デンスは、アスクラの治癒の理力によって、上半身を起こせるくらいまで順調に回復していった。しかし、その反対に心は病んでいた。
治療所の病室からは、庭に咲き誇るいろいろな花がよく見える。窓は大きく開けられており、風通しが良い様に設計されていた。
時折、心地よい風が花の香りと共にデンスをくすぐるが、彼の心は暗いままだった。それどころか、怒りと憎しみの炎に焼き尽くされそうだ。
奴は強い、どうしたら勝てるか、そればかり頭に浮かぶ。
たとえ、復讐を果たし、フレデリックスを殺したとしても、ユスティーナは喜んではくれないだろう。彼女はそういう人だった。
デンスは、身体の内から湧き出る暗い炎に身を焦がし、自分の気持ちを抑える事ができない。
そんな殺伐とした思考に囚われていると、ノックが聞こえた。また、健診だろうか、誰にも会いたくはない、そう思いつつ躊躇った。
再び、ノックの音が響く。
彼は暗い感情を吐き出すかの様に、深く息を吐き、そして応答する。
「やあ、一人で起き上がれる様になったね」
予想通り、美しい顔に笑みをたたえたアスクラが入室してくる。
優しげに声をかけられたが、デンスは視線を窓の外に向けたまま、振り向こうともしなかった。
なぜ、一人にしてくれないのか。
デンスは、早く出て行ってほしいと思っていた。一人になりたいと願っていたが、アスクラは気がつかないのか、そのまま話し続ける。
一週間前に目が覚めてから、毎日こんな調子であった。
「今日は、私の仲間が来てくれました。あの時、会う予定だった者です」
「……」
アスクラは、優しく伝えたがデンスの返事を待たず、廊下で待っていると思われる者に声をかけに出て行ってしまった。その行為に無性に腹が立ち、扉の先を睨みつけていた。
食堂にいた時の目的を思い出した。
そうだ、彼らに会う予定だった。それがなければ、こんな思いをしなかったのに……。
鎮火し始めていた炎が湧き上がる。
『ただの八つ当たりだろ、自分の弱さを他人のせいにするな!』
どこかで冷静な自分が自分を戒める。自身の弱さに苛立っていたのだ。
ギリッと歯を噛み締めた。
「ほう、すごい目をしているな。ヒト族には時たまいるな、そういう目をするやつが、危険だがな」
アスクラと共にやって来たのは、赤毛赤髭のドヴェルグだった。
「おっ、そうそう、わしはガガルゴと呼ばれている。本名は、主らでは発音しにくいからのぉ、そう呼ぶとよい」
自らの豊かな顎髭を撫でながら、彼は自己紹介をした。
「食堂では災難じゃったな。しかし、見直したぞ、女の名誉のために格上の相手に向かっていくなんて。最近のヒト族は軟弱な奴らばかりじゃからの」
デンスの背を叩こうとしていたガガルゴの腕をアスクラは細腕で受け止めた。そして、小言も追加する。
「やめて下さい。貴方の馬鹿力で叩いたら、せっかく癒着した骨がまた折れてしまいます。そもそも、待ち合わせ場所を食堂にしたのは、貴方が酒を飲みたいと言ったからではありませんか。しかも待ち合わせに遅れたのも、あなたのせいですよね」
「う、うう……、いや、わしだってな、遊んでいるわけじゃないんじゃ。こう見えても結構忙しんじゃ! ほれっ!」
ガガルゴは、デンスのベッドに手のひら大の小型の本を放り投げた。
「これは……!?」
デンスはその本を取るとページを捲る。その中身に目を見開いた。そして、次々と手早くページを捲っていく。最後のページにたどり着くと、今度は本を逆さにしたり、背中を観察してどう纏めているのか確認していた。
デンスたちが、この数週間悩まされていた完成形がここにあった。後に『戦士の本』と呼ばれる最初の姿である。
「注文通りとは、まだまだいえないが、まっ、試作品としては良い線いっているんじゃないか。量産化するにしても中身をしっかり考え直さないとな」
そうガガルゴに言われて、改めて中身を見ると文字が小さくて、インクが滲み、読めない箇所もある。もっと大きな本の内容をそのまま小さくしたようだ。
これは、外で使うもの。外ではじっくりと読んでいる時間はない。だから蔵書室にある本と同じである必要はないのだ。
『これは、隊のみんなと要相談だな。うまく活用していくには、経験豊かな戦士の話を聴いて内容を精査しないと……なかなか楽しくなってきた』
デンスは、終わりの姿が見え始め、頬が緩んできた。
先程までの暗い感情はどこへ行ったのか、次々と用途や使用内容、状況などを考え始めたのだ。
そんなデンスの姿を見遣り、アスクラは微笑んだ。自分がこの一週間、進めていた治療は役に立たなかった。これ以上こじらすと最悪の結果をもたらすと思い、友人の力を借りようと考えたのだ。ガガルゴは、期待通りにものの数分で、デンスを立ち直らせてしまった。
『やはり、歴戦の戦士は違いますね。ガガルゴを連れて来て、本当によかった。この手の精神治療は苦手です。私も治療師としては、まだまだですね』
少しピントがズレた思いを抱きつつ、友人に笑いかけると、ガガルゴは訳が分からず小首を傾げた。彼はただ単に頼まれた仕事を完遂したいだけであったのだから。
暗い炎は、決して鎮火したわけではない。その種火は、デンスの心に燻りつつけていた。
「それでは、少しお茶にしませんか」
アスクラは、機嫌が良さそうに、鼻歌混じりでお茶の準備に取り掛かった。
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