第十二話 強化
フレデリックスは、抱えていた女たちを左右に突き飛ばし、殴りかかってくるデンスを向かいうつ。能力を発動している彼にとっては、ヒト族の動きはとても遅く感じる。
デンスの拳が迫るが、上半身を右へ軽くひねると簡単に避けられる。すれ違い様にデンスの伸び切った右腕に、左手で軽く押しやると、彼は簡単に体勢を崩して前のめりになった。すかさず、ガラ空きになった腹部へ左膝を打ち込む。
「グホッ…!」
左膝は見事にデンスの溝落ちに当たり、彼はそのまま倒れ込んできた。そして、首の根本、背骨へ左肘を叩き込んだ。
メキッ……。
嫌な音が鳴る。
ヒト族にとっては急所に当たる。彼は動けなくなるはずだ。これで彼女の願いは達成する事になる。少なくとも生きてはいけるはずだ。
左の肘と膝で挟んでいたデンスを放し、乱れた衣服を埃を払う叩いて、何事も無かったように整える。そして、デンスに視線を向けると、彼は大きな音を立てて、床へ崩れ落ちるところだった。
「フレデリックス様に、なんて事しやがる!」
「下賤の戦士風情が!」
取り巻きたちが怒り心頭で、床に倒れて動けないデンスへ蹴りを入れる。少し離れたところでは、トーリスとセルビウスが助けに入ろうとしているが、別の男たちと揉み合っていた。
「おい、お前たち。死なない程度に加減しておけよ。後がめんどくさいからな」
そう言ってフレデリックスは、一瞬の出来事に驚いて、呆然としていた女たちを引き寄せた。
食堂は騒然となり、突如起こったこの出来事に、戦士たちに潤いをもたらす食事の時間は、殺伐としたものとなった。
どうすれば良いか分からず、慌てふためいているもの。
上司へ報告すべきか、小声で話し合う新兵たち。
気にせず自分の休憩時間を楽しむベテランたち。
規律を重んじ、組織だって動く集団はそこには無い。ただの烏合の衆。
それを止める事ができたのは、残念ながらヒト族ではなかった。
「やめんか! お前たち!」
大地を揺るがす様な怒号が、食堂に響き渡ったのだ。
食堂の入口で怒鳴り声を上げたのは、赤い髪と豊かな髭を蓄えたドヴェルグだった。
「戦士たる者が、恥ずべき事をするんじゃない!」
ノシノシと近づき、デンスを蹴りつけていた男たちをその太い腕で押し退ける。男たちも抵抗しようとするが、ルビーを思わせる鋭い赤い目が輝き、その力強さに負けてしまった。彼らは、ヒト族の中でもかなり体格が良かったが、そのドヴェルグは、その倍の太さの筋肉を持っている。彼の威圧に屈して道を開ける。
「ああ、なんて事でしょう。これはひどい」
その開けた道に痩身のアルヴが、滑り込む様に緑色の長い髪をなびかせてデンスに駆け寄った。妖精族の二人と共に、食堂へ入って来たマグヌスとラディスが続く。
マグヌスは首を左右に振り、手を額に当てて天井を見やる。遅かれ早かれこうなる事は、予見していたのだ。
「フレデリックス殿、これはどういう事ですか! 事と場合によっては、しかるべき筋に訴えますよ!」
「我らは何もしていない。喧嘩を売ってきたのはそいつだ」
「例えそうだとしても、これはやり過ぎです!」
デンスの容態を緑のアルヴと確認していたラディスは、怒りに満ちた目で睨みつけたが、フレデリックスはチッっと舌打ちをして、厄介な奴らが来たとそっぽを向いた。
ラディスにも分かっているのだ。司令部に訴えたとしても何事もなかった事として、うやむやにされてしまうだろう。それだけクラフト家の権力は強く、フレデリックス一派を増長させる原因にもなっているのだ。
「アスクラ、容態はどうだ?」
見た目からデンスの容態は危険な状況に思われた。身動きもせず、意識も失ったままだ。深刻そうに眉間に皺を寄せて、マグヌスは尋ねた。
アスクラは、手のひらをデンスの身体に触れるか触れないかの間近に寄せて、身体の至る所へ移動させている。そして、首下の部分で止める。
「芳しくありません。特に首下の背骨の損傷がひどい。このままでは、身体を動かす事は一生できなくなります。とりあえず、治療所に運んでから処置をしましょう。ガガルゴ!」
「おう、ちょっと待ってろ」
頼まれたガガルゴは、アスクラが何をして欲しいかすぐにわかった。デンスの身長が収まる机を発見すると、邪魔になる脚を叩き折った。そして、それをデンスの脇に持ってくる。
「では、皆さん力を貸してください。この板に彼を移します。頭を動かさない様にゆっくりと移動して下さい。これ以上、損傷を与えると治療が難しくなってしまいます」
アスクラを筆頭に、ガガルゴ、ラディス、マグヌス、トーリスとセルビウス、そして、マグヌスたちと一緒に食堂へやって来た、数人の戦士たちも力を貸した。なんとか問題なく無事に移し替える事ができた。
「ありがとうございます。それでは、診療所まで運びましょう。それと、フレデリックスさんと言いましたね。その力……それ以上使うと、貴方、死にますよ」
アスクラは、翡翠の瞳に観察する様な冷たさを浮かべ、彼に忠告する。
フレデリックスは何か言いたそうに口を開けるが、すぐに閉じてしまい背を向けた。しかし、アスクラには、その瞬間に浮かんだ彼の複雑な表情を見逃す事は無かったが、残念ながらヒト族の感情はよく分からなかったのだ。
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