第十一話 悲憤

 デンスたち三人は、資料を持って本部の食堂へ向かった。ラディスが紹介したい者がいるという事だったからだ。しかし、いくら待っても来ず、しょうがないので、暇つぶしも兼ねて三人は資料の整理を始めた。

 そもそも時間を聞かないのが悪かったのだ。後から考えてみると、わざわざ食堂を待ち合わせ場所に食堂を指定したのは、昼食を一緒に摂る事だったかも知れない。しっかり話を聞かずに出てきてしまったのは、デンスのミスだ。二人に散々なじられても自業自得だった。


 あれから随分と時間が経ったが、本の制作は随分と進んだ。

 コロンにいる時はこの作業を進めていた。何だかんだで慣れるもので、割り当てられた箇所は、何とか終わらせる事ができたのだ。現在では、バラバラになっていた他の者たちが調べたものと、本として一つに纏める作業に進んでいる。


「いや〜、腹が減ったなぁ」


 デンスがそう呟くと、そろそろお昼の時間に近づいたせいか、お腹の虫が鳴いた。ふと周りを見ると、先程より人が増えている。


「そうだなぁ、メシにしねぇか?」


「それは、まずいんじゃないか」


「いつまで経っても来ないのが悪いだろ」


 周りから漂ってくる美味しそうな匂いに耐えきれず、トーリスが提案をするが、セルビウスがそれを止める。


 食堂はかなり広い。大規模な作戦を行う場合、ここで作戦説明を行うので、三個大隊が集まっても問題ない広さだ。それに、任務先や隊舎で済ませる者もいる為、利用者が一番多い時でも全ての席がうまる事はなかった。

 それでも近くに座る者もいる。隣の机に座った一団から漂ってくる匂いに反応して、若い三人のお腹は抗議の声をあげていた。



 料理の匂いに気を取られていると、何やら入口が騒がしい。

 その中には聞き覚えのある声もあり、それに気付いたトーリスは露骨に嫌な顔をした。隣にいたセルビウスも眉をひそめる。

 三人より少し年上の一団が周りを気にせず、大声で話しながら入って来た。

 その一団は、柄が悪く進むのに邪魔な者を追い散らす。その後に他の男たちと違い一見上品なスラリとした容貌の美青年が、両脇に美女の戦士を侍らせて歩いてくる。

 彼はフレデリックス・クラフトといった。

 英雄カインの仲間で、ただ一人生き残ったクラフトの子孫だ。当時のヒト族の指導者は、彼を英雄と称えて、子々孫々にクラフトの名を継がせる事を許したのだ。それは、家名となり純血主義が生まれてくる事となった。

 ヒト族で家名を持つのはクラフトのみであり、現在ではヒト族の指導層である長老会議やその上位組織であるステラテゴに、血族を多く輩出している。



「チッ、クソ野郎どもの登場だぜ」


 トーリスが毒づく様に呟いた。ちょうど一団が通りかかる時だった為、彼らにも聴こえてしまった。


「ああん、エウドキアのトーリス、なんか言いたい事がある様だな。ほら、言ってみろよ」


「……」


 中の一人が凄んで、顔を近づけてくるが、トーリスはそっぽを向き無視を決め込んでいる。が、男はそれを許さず挑発してきた。


「おうおう、エウドキアの連中は、口ばっか達者でなにもできやしねぇ」


 男が馬鹿にした笑い声をあげると、周りにいた仲間たちも同調して、卑下た笑い声をあげた。

 自分の事はともかく団を馬鹿にされて、さすがに頭にきたトーリスは腰を上げかけるが、デンスが服を掴み思いとどまらせる。戦士同士の私闘は禁じられているのだ。憲兵に見つかれば二、三日の独房生活を覚悟しなくてはならない。それに、今は人を待っているのだ。


「けっ、どいつも意気地のねぇ奴らだ。そっちは、セネルのデンスか。頭があれじゃぁな。部下も部下だぜ」


「しかし、こんな奴らが俺たちより、多くの討伐数を出してるのは納得いかねぇな」


「あの司令官にケツ貸して、ちょろまかしてんじゃねえの」


「イヤイヤ、逆かもしんねぇぞ」


 と、彼らは大笑いしていた。

 この場にいないマグヌスを侮辱し、いくら挑発してもデンスはなんとも思わない。それより気になるのが、食堂には多くの戦士がいたが、仲裁に入るどころか関わらない様に無視を決め込む者、さっさと食事済ませて食堂から逃げ出す様に出ていく者もいた。


 デンスは悲しく思う。

 戦士は力無き者を守る為に死んでいく。

 そう教えられ、そう思い、そして、そう行動してきた。

 いずれは、自分も誰かのために死ぬだろう。

 しかし、現実はこんなものか……。


 人々を逃がす為に命をなげうった英雄カインと仲間たち。その意思を継ぎ、結成されたのが戦士団なのだ。百年という月日は、継続していくにはヒト族にとっては長い時間だったのかもしれない。



「そういえば、あの女もセネルだったな」


 フレデリックスが思い出した様に呟いた。デンスはその言葉に、思わず反応してしまった。デンスのその反応に、彼はその整った口元を吊り上げた。


「フレデリックス様のお情けを拒否した女ですかい」


「名前はなんだったかな……ああ、そうそう、ユスティーナ……だったか。後、四、五年もしたらいい女になっていたのにな。惜しい事をした」


 ユスティーナは、デンスより二つ年上の、本来ならば戦士に向かない優しい女性だった。デンスも幼い時から面倒を見てもらい慕っていた。だから、本来は生産職として団の切り盛りを行った方が、性格的に合っていたかもしれない。しかし、無情にも彼女は才能を認められ戦士となった。


『私が、あなたたちを守るわ』


 そう言って微笑み、団を出て行った彼女の後ろ姿を昨日の様に思い出す事ができる。

 やっと会えると思い、コロンに着任したデンスを待っていたのは、彼女が戦死したという知らせだった。


 この時、改めて学んだのだ。

 ここは、簡単に人が死ぬ世界だと。

 その晩、デンスは人知れず枕を涙で濡らした。



「お、おい、デンス」


 トーリスの服を掴んでいた力が入り、彼を締め上げる様な感じになっていた。

 デンスの頭の中は真っ白だった。何も考える事ができず、息が荒くなり頭がクラクラする。なんとか絞り出す様に、言葉を発した。


「お前たち……、あの人に何をした」


「何もしてないさ。ただ、森の中で大声で叫べば、狼どもが寄ってくるだろう」


 彼は、両手に抱えた女たちを触りながら、少し視線を落とした。


「そうそう、いい囮になってくれたぜ」


「あれのおかげで、五匹も狩る事ができたしな」


 取り巻きたちが、笑いながら追従した。彼らには、自分たち以外の戦士に対して仲間意識はないようだった。自分たちは、中央のエリート、その他の者は、自分たちの盾でしかないのだ。


「彼女は……、どうなったんだ」


「森で狼の糞にでもなったんじゃないのかね」


「てめぇ……、殺してやる!」

 

 フレデリックスが、肩をすくめ答えた。

 その答えにデンスの中で何かが切れた。次の瞬間、机を飛び越え、フレデリックスに殴りかかっていたのだ。

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