第八話 仲間

「お〜い、ケンティウス。大丈夫か?」


 大木の枝に十数人の戦士たちが姿を現した。そのうちの五人がロープを垂らし地表に降りて来た。その中で最も身体の大きい者が声をかける。


「うぅ〜、死ぬかと思ったぜ。って言うか、何なんだよ、この作戦は!」


「なかなか、いろいろ興味深かったなぁ」


 ケンティウスは、その大男に文句を言ったが、それを無視し大男は腕を組んで、今の戦闘を思い起こしながら思案を巡らす。

 最近の狼は、単独で行動する事が無くなっていた。今までは、狩を行う時は獲物を追い込む為に群れるが、それ以外の時は単独で行動していた。だからこそ、単独、または、少数の群れを罠にかけて殲滅していた。それは狼にとっても同じ事だった。

 ここ数年、小規模の群れをコロンの周辺に潜伏させ、コロンから出て来る者を襲撃していた。その防衛のために戦士団はコロンを離れる事ができなかった。

 狼とヒト族は、ヒト族にはかなり部の悪い消耗戦を行なっていた。



「ふむ、ヤツら、かなり頭がいいな。ひょっとして、斥候かな。これは分析しがいがあるなぁ、ウフフ、面白いぞ」


 大男は、傍に女性の戦士を引き連れて、狼をもっとよく観察しようとケンティウスを通り過ぎて行く。

 彼は、ケンティウスと違い革鎧を装備している。姿を見せた戦士たち全員が同じだ。それは、見た目だけであり、内側には金属の板や鎖帷子になっていた。金属製の鎧に比べると防御力は下がるが、静粛性は遥かに上であった。さらにその上に革の外套を羽織っていた。


「おい! マグヌス聞いているのか! こっちは全然面白くないんだが!」


「ああ、なんだうるさいな。考察に忙しんだ、後にしてくれ」


 大男はマグヌスといった。まだ二十代前半だったが、頭を剃り上げごっつい顔をしていたが、大きめな目と口のせいか何処となく愛嬌のある顔立ちをしていた。

 彼は外套から小さな本とペンを取り出し、何やら書き始めた。大きな左手で本を持ち、器用にも小型のインク壺を指で挟んでいた。


「なんだと! こっちは、左腕が痛くてしょうがないんだ! 見てみろこんなんだ。ああ、これりゃ〜、二、三か月は働けねえな」


 左腕の歪んだ手甲を外すと紫色に腫れていた。その見た目具合から、少なくとも骨にヒビが入っていると思われる。


「チッ、うるさいやつだな。クリスティーナ、ケンティウスの野郎の手当てをしてやってくれ」


「なんで、あたしがこんな奴の手当てをしなきゃならんのよ」


「まぁまぁ、頼むよ〜、うるさいからさぁ、黙らせてくれよ」


 側で辺りを警戒していた長身の女性に、マグヌスはその大きな身体を縮こませながらお願いしていた。

 彼女は、スラリとした美人であるが、男性にも負けないほど勇猛果敢だ。手当てなどの繊細な仕事は、どちらかというと向かない。なので、マグヌスの意図が分からず、彼女は疑問に思ったのだ。


「大丈夫、大丈夫、逆にアイツは喜ぶからさ」


 彼女の心情を心得ながらも悪戯じみた妙な笑顔を見せつつ、マグヌスは彼女を促した。

 彼女は、眉を潜め溜め息をつきつつ、ケンティウスの元へ向かおうと振り向いた時だった。血を流して倒れていた狼が、突如立ち上がった。背を向けた彼女に襲いかかったのだ。

 そして、狼の前足の爪が彼女に迫った時、銃声が響いた。

 狼は頭を跳ね上げ、そのまま力無く彼女の目の前に倒れると他の戦士たちが狼に近寄り、その頭にさらに弾を撃ち込んでいった。もう一匹の狼にも同様し、完全に死んだ事を確認していた。



「マグヌス、油断し過ぎだぜ! まったく、その大剣は飾りか?」


「ははは、面目無い」


「助かったよデンス」


 マグヌスは、そのツルツルの頭をペシペシ叩いて豪快に笑い、クリスティーナは、デンスの髪の毛をくしゃくしゃにして、謝意を伝えた。

 デンスは、幼さの残る顔を赤らめながらクリスティーナの手を払う。


「やめろ! 俺は子供じゃねぇんだ」


「フフフ、デンス君。大人の女性の謝意を無下にするものではないよ」


 彼女は、デンスの頬に左手を添え、顔を近づけて揶揄う口調で笑った。彼女の綺麗な顔を間近に見て、デンスはさらに顔を赤らめ、耐えきれずに視線を逸らした。その視線の先では、肩を震わせているマグヌスの後ろ姿が見えた。きっとウブなデンスを見て、声を殺して爆笑しているのだろう。

 デンスはそう思い、ムッとしてマグヌスを睨みつけた。


「おいおい、クリス俺の事忘れてないか」


 ケンティウスが、どこかしょんぼりした声で話しかけた。周知の事実だが、彼女と番いになろうと事ある事に、ケンティウスは涙ぐましい努力をしている。しかし、彼女は気付いた様子も無く、仲間内ではそれは賭けの対象となっていた。ちなみに、賭け率は七対三である。どちらがどうかは、ケンティウスの名誉の為に内緒だ。



「お前たち、そろそろ戯れあいはそこら辺にしておけ、今だって危なかったんだからな。ほら、ケンティウス、腕を見せてみろ」


 三十半ぐらいのこれといって特徴の無い地味な男が声をかけて来た。ただ、ズボラな戦士の中で、身だしなみがキッチリしており、その豊かな黒髪も綺麗に切り揃え整えられている。

 マグヌスが大隊を創設した時に、他の隊から請い副長を願った。彼が大隊を鍛えて、隊の運用を行なっている。彼が隊を動かしている、と言っても言い過ぎでは無いだろう。そして、この隊の最年長者だった。



「あ、あのう、ラディス副長。副長の手を煩わせずともクリスにやって貰おうと思ったのですが…」


「クリスにやらせたら、もっと悪化するだろう」


 腕を引っ込めようとするケンティウスから左腕を強引に取り、ラディスは触診を始めた。

 その言に、クリスティーナは顔を引き攣らせ、マグヌスはこっそりと逃げようとしていた。


「マグヌス、隊を纏めて警戒にあたるんだ。クリスは、何人かで狼のコアを回収。デンスは、ユグリ草を摘んで来てくれ、ここら辺にも多く生えている」


 彼が命令を伝えると隊の雰囲気が急に変わり、キビキビと動き始めた。

 彼は触診をしながら、ケンティウスから痛みの具合を聴き、腕の外傷と手甲の破損を観察した。腕には目立った外傷は無く、手甲の金属はかなり深くまでひしゃげていた。


(これは、防具としては役に立たないな。まぁ、食いちぎられるよりマシか)


「副長、取って来たぜ」


 ちょうど診察が終わる頃、デンスが植物を抱えて戻ってきた。葉の形が細長く葉先がギザギザと尖っており、葉脈が赤く毒々しいものだ。


「これ、違うぞ。こいつは、似ているが毒草だぞ。ケンティウスを殺したいのなら構わないが」


「ああ、やっぱり!? どっちか分からなかったから」


 ラディスは一目見るなり、間違いを指摘した。デンスは、顔を引き攣らせているケンティウスを横目に、もう一種類の草を取り出した。


「そうだ、これだ。よし! デンス手伝え、応急処置のやり方を教えておく」


 ラディスは、背嚢から乳鉢と小さな板を取り出した。腰に帯刀しているナイフで、ユグリ草を板の上で微塵切りにし、乳鉢に移して刷りはじめた。別の入れ物に薄い布を張り、乳鉢のユグリ液を濾す。濁った緑色の液体に水筒から少しの水と小麦粉を加えてペースト状にした。すると明るい緑色の塗り薬が出来上がった。


「うを、料理をしているのか」


「似たようなもんだ」


 その作業を見ていたケンティウスが疑問を問うと、ラディスは簡潔に答えた。


「骨は折れてない様だがヒビは入っているな。これをつければ痛みはマシになる筈だ」


 ケンティウスの紫に腫れた左腕に塗りたくると、スーッとして痛みが和らぐ様だった。ラディスは続けて綺麗な布で患部を覆い、包帯を巻いていく。程よい枝を添え木にして、さらに包帯を巻き固定した。

 デンスはその手際の良さに、ただひたすら感心するばかりだ。


「それと、今コロンには妖精族の治癒師が来ているから、あっという間に治るぞ。だから長期休暇は無しだ」


 ラディスは、ケンティウスに宣告をすると、ついでとばかりに辺りに生えている薬草の講義を行いながら、デンスと共に採取を行った。


 やがて、狼二体の輸送準備が整うとマグヌス大隊は、コロンに向けて撤収を開始した。



 ただ、彼らの行動を監視している複数の視線には気づいていなかった。

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