第六話 篝火の元で
「あ、ちなみにその本の創作には、デンスも関わっているわ」
「えっ、情報提供者という意味で?」
「い〜え、本にしようという意味で。その表紙の言葉も彼が考えたそうよ」
「えっえ〜、あのデンス兄が〜! あの脳みそまで筋肉で出来てそうな人が!」
デンスがまだ団にいた時はアウレアが幼かった事もあり、あまり勉強をしている姿は記憶に無かった。かろうじて残っている記憶では、訓練用の木剣を熱心に振っている姿だ。
「それはちょっと言い過ぎでしょ! 確かに、その時みたいに今もしっかりしてくれると…私も…楽なんだけど……」
流石にフィオラも注意したが、尻窄みになり、本心が思わず漏れてしまった。
「う〜ん、何があったんだろうね。確かその頃は、コロンで巡検士をしていたんだよね」
何気なく呟いたカイルにみんなの視線が集まった。
「えっ、何。なんかまずい事言った?」
「……」
デンスが巡検士だった時代を知っているのは、ここにはカイルしかいない。その頃のカイルの記憶はあやふやだったのを、その場にいたものは思い出し、みんな揃って溜め息をついた。
詳しく知りたければ、デンスに直接聞くしかないが、彼はその事を口にする事はなかった。だから、彼が巡検士であった事を知っている者も少なくなっている。
程なくして、デンスが帰ってきた。
ここで、大隊を二つに分けることにした。肉体労働を行った前衛のトーリス中隊はそのまま進み、砦に向かう。後衛のセルビウス中隊五個小隊に、ワームの追跡と何処から来たのか、他にもいないか探らせる事にしたのだ。
しかし、ワームも小さかった為、残った穴には人が入れる大きさではなかったので、地上から痕跡を追うしかなかった。自然と探索範囲は広がっていった。それも空振りに終わり、夜は危険な為、日が暮れる前には大隊本隊を追う事となった。
◆
ワームという想定外の出来事もあったが、それでも一日目は、特に問題は無く無事に砦に辿り着いたのだ。
砦はコロン建設以前にカイン城防衛の前線基地として造られた為、とても強固であった。古い投石器やバリスタも城壁には装備されているが、コロンが建設された現在では、その役目も終了して、飾り物と化していた。
この砦の役割も輸送部隊の宿泊施設と使われたり、カイン城とコロンを結ぶ伝令施設に変わっている。
定刻通り、先程も『問題なし』を意図する水色の花火が打ち上げられた。昼間であれば、水色の狼煙となる。
その様な訳で、拠点としては重要視されていないが、中継の安全地帯として、常時四個小隊が警備に付いている。この砦の管轄はカイン城に所属している為、顔見知りの戦士も多くいる。現在は、夕食を終えて就寝までの自由時間に入っている為、見張りに立っている小隊以外は、休養をとっているのだろう、施設の所々で笑い声が漏れている。
広場には、大きな篝火が焚かれ、その周囲に大隊の馬車が駐車してある。もちろんこの砦には、全員が宿泊できる部屋はない為、下位の戦士たちは、馬車の周囲に天幕を張ってそこで就寝する事となる。
カイルは何をしているかというと、荷物の箱を机がわりにして、『戦士の本』を読んでいた。篝火だけでは暗いので、光石のランタンを借りて傍に置いた。読んでは時折考え込み、ペンで注釈を入れる。
大抵の戦士たちは、任務に必要となるページしか入れてない為、薄くて直ぐに取り出せる様、上着のポケットかポーチに入れている。しかし、カイルは、何となく入れ替える事が出来ず、ドンドンと厚みが増していった。今では、ひと荷物となっていた。
(そろそろ、纏めなきゃな)
そういつも決意をするが、なかなか踏ん切りがつかず、ここまでの厚みになってしまった。怪物の知識だけでは無く、今まで多くの人に教わった知恵や知識も書いて、この本に付け足していた。ここには、カイルの記憶が詰まっていたのだ。
今ある記憶は、カイン城に来てからの記憶だ。デンスとあった記憶もそれ以前の記憶も覚えていない。コロンにいた記憶は、うっすら残っているが、定かではなかった。発作が起きた時も前後の記憶も残っていない。そして夢の記憶。だから怖いのだ。自分が何者で何なのか分からなくなる時がある。だから、書かずにいられないのだ。自分がカイルだと認識する為にも。これは、カイルの宝物であった。
「お、熱心だな」
金属製のカップを二つと瓶を両手に、デンスがやって来た。そばにあった箱にどかっと座った。最初から居座るつもりだったのだろう。そしてデンスは、カップに飲み物を入れて、一つをカイルに勧める。カイルは、酒だと思い、首を横に振り断ったが、デンスはさらに勧めてくる。
カイルは諦めて受け取り、匂いを嗅いでみた。甘い香りがして、一口飲んでみた。うっすらと甘く味付けされた水だった。
「なかなか、美味いだろ。カイン城では手に入れ難いが、コロンで作られた果汁水だ。他にも酸っぱいのもあるんだが、カイルにはこっちの方が良いと思ってな」
苦い物や酸っぱい物が美味しいとは、未だにカイルには分からないが、同年代の仲間にはそれがいいと言いはじめている者がいる。しかし、表情を見ると背伸びをしている様に感じていた。
「そういや、お前の仲間たちはどうした?」
「もう、寝てるよ。昼間の行軍は散々だったからね」
二人は思わず吹き出した。きっと彼らも次の新兵が入ってきた時には、こうして笑いながら思い出に浸るだろう。そう、デンスも昔、同じ苦しみを味わったのだから。
二人は、しばらくの間、たわいもない話をしていた。二人でこんなにゆったりと話したのはいつ以来だったか、そんな事を思っていた時に、ふと、昼間の事を思い出した。デンスは話してはくれないかもしれないが、聞いておいた方が良いとカイルは感じた。
「そういえばさぁ、これデンスが作ったんだって?」
カイルは、本の表紙をデンスに見えるように立てた。
真摯な目でデンスを見つめる。デンスは、思わず視線を逸らしてしまった。
「チッ、フィオラだな、余計な事を言いやがって」
「でもさ、これ凄く為になるよ。僕らはまだ会った事ないけど、もし今日みたいにワームに会ってたら、きっと攻撃してたと思うだよね」
「まぁな、それは、あの時の俺たちも思っていた」
視線を合わせようとはせずに、デンスは篝火を見つめる。その横顔は、昔を懐かしみ思い出しているかのようで、酷く年老いた感じであった。
しばらく時間を置いた後、カイルは再び口を開いた。
「だから、何でデンスは見ようとしないのさ。それに……コロンに行くのを嫌がっているでしょ」
「……まったく、お前はそういう所は鋭いな」
溜め息をついてデンスは視線をカイルに戻して、そして本を見つめた。
「ああ、お前の言う通りだ。コロンもその本も、嫌な事を思い出させる。だから避けていたかった。だが、運命は逃してはくれなかった様だ」
カイルを見つめるデンスの瞳が銀色に輝いた様に見えた。そして、空を見上げた。そこには、紫色の満ちはじめた半月が優しく照らしていた。
「今日はもう遅い、さっさと寝ろ」
デンスは立ち上がるとそう言った。カイルが口を開こうとすると、背を向けたデンスが続ける。
「明日、行軍の暇つぶしに話してやるよ」
そう言うとデンスは立ち去った。その後ろ姿は、どことなく悲しそうに見えた。
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