第五話 血の代償

 爆発音を聞いて、新兵たちは慌てて銃を構えて、辺りを伺う。


「ありゃ〜、爆音弾の音だな。前衛でなんか出たかな」


 フィオラと御者を交代し、御者台でのんびりくつろいでいたデンスが、ゆっくり身体を伸ばして起き上がる。


「ええ〜、なんでそんなにのんびりなの!?」


 新兵を代表して、カイルが尋ねた。新兵たちの慌て様に、フィオラがクスリと笑いながら、代わりに答える


「まぁ、銃声が聴こえていないから、戦闘ではないわね」



 外の世界では、狼以外にも多くの種族が存在する。中には、こちらから手を出さなければ、襲ってこないものもいるのだ。戦闘をなるべく避けたいヒト族としては、そういった種族を追い払う為に、色々な種類の弾薬を作っていた。

 その一つが爆音弾で、派手な音が出るが殺傷能力は低い。また、この弾薬は、その音の大きさから、他の部隊へ注意を促す場合にも使用されている。

 熟練の戦士たちは、その事をよく知っている為、デンスもフィオラも慌てる事はなかった。しかし、大隊の行軍は止まった。


「おい、ボース。図体がデカいくせに、肝は小さいんだな。変な声上げやがって、チビってじゃねえぞ」


「ち、違うって! アウレアが銃口を向けてたから……」


 新兵たちの強張った顔を見て、デンスはボースを馬鹿にすると、笑いが起きた。デンスの隣でもフィオラが声を押し殺して、クスクス笑っていた。顔を真っ赤にしながらボースも慌てて反論しようとするが、アウレアの銃にビビったと思われるのも嫌なので、言い訳も尻窄みになった。


 しばらくすると、前衛から騎兵の伝令がやって来て、デンスとフィオラに報告を行う。それが終わると、後衛へ走り去った。アウレアは、それを羨ましそうに見ていた。


「う〜隊長、あたしもさ、騎兵の伝令にして、こんな気持ち悪い乗り物は、もうイヤ!」


「そうだね。騎乗は全然問題無いのに、なんで馬車には酔うんだろうね」


 戦士たちは、馬上での訓練も行う。アウレアは馬術も巧みで、馬上戦闘でも優秀だったが、馬車の操作は苦手であった。馬上や馬車での近接戦闘で最も優秀なのは、実はカイルであった。カイルは、馬でも馬車でも操術がとっても好きでうまかった。どちらにせよ、訓練ではこれほどの荒地で行う事は無かった。

 その為、新兵の外地での最初の試練は、馬車に慣れる事であった。


「だめだ、馬車に慣れろ。この程度で酔ってたら、本気で走ったら使い物にならんぞ」


「ゲェ〜」


「何だったの、今の伝令? 話せない事?」


 顔を青白くして、力無く座席に横たわったアウレアを横目で見ながら、カイルはデンスに質問をした。伝令も深刻そうな感じでは無かったので、きっと答えてくれるだろうとは思っていた。


「ワームが出たらしいぞ。爆音弾で追い払ったそうだ。そのせいで、崖が崩れて瓦礫の撤去作業中だそうだ」


「追い払ったって事は、サンドワームではなかったとい事かい」


 と、ボースが確認した。


「ああ、それは幸運だった。しかし、通常型が何故こんなところに……。森で何かが起きているのか……。と言う訳で、ボース。退屈なんだろ、手伝いに行ってこい。ひよっこどもは、休憩がてらフィオラから講義を受けろ、実物が観れなかったのは残念だがな」


デンスは少し考え込むと視線の先にボースを捉え、唇を歪ませて言った。


「え〜、なんで俺が」


 ボースは、文句を言っていると。


「それともボース兄さんが講義をしてくれるから、さっき、カイルに講釈をしようとしていたものね」


「うっ、それこそ、俺の柄じゃねぇぇぇぇぇぇぇッ」


 フィオラが冷やかす様に言うと、ボースは叫びながら逃げていった。


「まったく、騒がしい奴だ」


 デンスも後部に繋いでいた伝令用の駿馬を連れて、馬車から最低限の装備を積み込んだ。


「アイツだけじゃ心配だ。俺も様子を観てくる。フィオラ、後は頼むぞ」


 そして、颯爽と馬に飛び乗ると、フィオラに丸投げして、ボースの後を追ったのだ。


「いいの? フィオラさん。どうやら退屈してたのは、ボースだけじゃ無かったみたいだけど」


 頭を抱えたフィオラにカイルは尋ねたが、フィオラは諦めた様に溜め息をついた。


「まったく、どいつもこいつも。どうして頭を働かせるより、身体を動かすのを好むのかしら。もう、いい加減にして欲しいわ」


 フィオラは、一通り愚痴を吐き出してから、新兵たちにワームの講義を行った。


 ワームと呼ばれる種族の種類は多い。

 簡単に言うと巨大なミミズだ。ほとんどは、地中で生活しているが、中には水中を住処にしているものもいる。現在のところ、会話ができる上位種族は発見されていない。

 主にワームと呼ばれているものの生息地は、森林や草原など植物が生い茂る豊かな土地だ。そこで枯れた植物を餌としている。性格は穏やかで臆病である為、滅多に地上に出る事はないが、雨季時期には土壌に水分が大量に含まれる事で、呼吸をしに地上に出てくる。

 地上に出て来るのはそれぐらいで、こちらから攻撃しなければ、脅威にはならない怪物だった。発見した場合は、可能であれば遠巻きにしてやり過ごすか、爆音弾や閃光弾を使って驚かして追い払うことができる。


 しかし、別種の荒れた土地に棲息するワームは危険だ。もともと食べ物である植物が乏しい事もあり、その種類は肉食で動物を主食にしている。もっとも有名なのはサンドワームで、砂漠や岩場に罠を張って獲物を捕らえる。一度狙われると執拗に追ってくるのだ。


 変わりどころだと、滅多に現れる事はないが、鉱山などで遭遇するメタッルムワームは、鉱物を主食としている。口に入ればなんでも食べてしまう為、ドヴェル族は鉱山開発を行う際、こいつの通り道を注意深く捜索している。メタッルムワームはその特性上非常に硬くて倒すのも困難だが、食べた鉱物を体内で消化をする際に希少な金属を精製する。ドヴェルグ族は、この外皮や金属からオレイカルコスと言う金属の原料にしていた。



「……と言う様に、私たちがよく遭遇するワームは、ミュルクヴィズの森から滅多に出てくる事は無いわ。森の恵みが得られるのに、わざわざそこから出てくるなんて……。だから、ちょっと気になるわね」


「いや〜、ミミズってたまに畑で見かけるウネウネしてるヤツでしょう。それの巨大なヤツって……、想像しただけで背筋が寒くなる」


 両手で身体を摩りながらメイヤが感想を述べると、周囲の仲間たちも同意する様に頷いていた。



「へぇ〜、僕は興味あるなぁ、大人しいんだったら、ぜひ近くで観察してみたいね。この本だと、あまり細かいところは、載ってないんだよね」


 何言ってるんだコイツと言わんばかりの仲間の冷たい視線を浴びつつ、カイルは背嚢から小さいが分厚い冊子を取り出した。


「だってさ、そんな大きなのが地中を進むんでしょ。どうやって穴を掘るんだろうね。表皮はどうなのかな、ウニョウニョしてるのかな、ねぇ、気にならない?」


 と、カイルは同意を求めて仲間たちを見るが、みんな揃って首を横に振る。頼みのアウレアを見るが……。


「うっ、う〜ん、あたしも流石にウニョウニョはね……あ、他のだったら、何とかなるかも」


 幼い頃、ボースに散々嫌がらせを受けていたので、実はアウレアもウニョウニョ系は大の苦手だった。他ならないカイルの頼みであっても、そこは同意できなかったのである。


「ううっ、みんなこの本の真意を理解してくれないのか」


 カイルは、肩を落として、本の表紙に書いてある文字を優しく撫でた。



 戦士たちは、必ず携帯する物がある。手のひらくらいの大きさの本と筆記用具だ。意外と思われるが、その本には遭遇しそうな怪物たちや薬草の、姿形を模した絵や特徴や対処法など詳細が書かれている。ドヴェルグ族と共に開発した紙と版画の技術により、量産も可能となったのだ。それまで、動物の皮をなめした皮紙では、大きくて嵩張ることから携帯するには不向きだったのだ。

 表紙の裏表を木の板で挟み、紙の束を紐で綴じられた簡素な物であるが、任務によって内容を変更するのが容易で重宝されていた。

 新たに得られた情報は、各拠点の管理部でまとめられ、司令部から各部隊、各拠点へ共有されている。



「そ、その本は、よく目を通しておいた方が良いわよ。きっと、あなたたちの助けになるから、それと任務に出る前には、必ず管理部で新情報がないか確認する事。これは戦士の鉄則よ」


 暗い目をしたカイルに、ジーッと見られて、フィオラは全員が所持しているその本を読む様に促した。代々の戦士たちが血を代償に集めた情報命の結晶だからだ。



 本の表紙には、こう記されている。


 敵を知らねば、戦う事も生き残る事もできない。

 この本を手引きに、多くの者たちよ、生き残れ。

 そして、新たな知識を積み重ねてほしい。


 次代の戦士たちの希望になる事を願う。

 この本を読んでいる者たち全てに、幸あらん事を。

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