第三話 ミュルクヴィズの城

 ミュルクヴィズの深い深い大森林の奥深く、開けた場所にそれはあった。

 かつては、荘厳な建物であっただろうが、時の流れに逆らえず、朽ちていくことに身を任せていた。今は、美しかった尖塔も堅牢だった城壁も崩れ去り、辛うじて城本体と呼べる建物が残っているだけであった。

 本来であれば植物に埋もれ、森の一部となっていたはずだが、この一帯を避ける様に雑草一本生えていなかった。その答えは、空を飛べる者が見渡せばすぐにわかるだろう。


 二つの城壁が、正円を描くように城本体を取り囲み、外側には五つの塔、内側には三つの塔がある。塔や城壁、花壇や道に至るまで、ここにある全ての建造物が緻密に計算され、配置された力の図形に見える。

 この図形が森の侵食を食い止めているのであれば、あと百年もすれば呑み込まれてしまうだろう。図形は所々が壊れており、乱れている。その為、この図形からは、力を感じる事はできなかった。だが、代わりに城の本体からは膨大な源素が溢れ出て、周囲の生き物を引き寄せていたが、しかし、ここはすでに狼たちの根城となっており、無数の狼たちが他の生き物を近づけない様にしていた。



 城本体は、八角形をしており、黒い材質で出来ていた。それぞれの壁に八つの門があり、それは壊れたのか壊されたのかわからないが、そのどれにも今は扉はなかった。この建物は、城というより何かの儀式を行う祭壇に近いかも知れない。内部は、広い空間になっており、八つの太い柱が支えていた。元は秀麗な装飾を施されていたのだろうが、部分的に残っている以外は崩れ落ちていた。

 その中央には、人の拳くらいの大きさの虹色に輝く珠が浮いている。その珠の下には、艶やかな毛並みをした紫色の途轍もなく巨大な狼が、珠の輝きを心地良さそうに伏せて浴びていた。美しい毛並みだが、それを壊す様に左目に醜い傷跡があった。その狼は耳をピクリと動かす。

 ここには誰も近寄る事を許してはいない。しかし、何者かの気配を感じたのだ。それは、よく知っている気配だった。


「グーガよ。狼王はご立腹だ。王を失い彷徨っていた、我ら紫を受け入れたのは、誰ぞ。勝手な事を致すでない」


 柱の影から何者かが、囁くようにグーガを窘める。


「フン、そんな遠い祖先の話なぞ知らぬわ。その働きは、さんざん一族の血で支払って来たはず。それにあの地は、我ら闇の眷属のものだ。それを、妖精族や下等なヒト族から取り返して何が悪い」


 グーガは、唸るように答えた。


「このような時期に、無用な争いをやめよとお考えだ。真の敵は動き出しているのだぞ」


「であればこそ、なおさらヒト族を食い荒らしてくれるわ。奴らの魂は、我らの力を倍増させる。それに、あの地には我らが真王がいらっしゃる。その封印を解くのは我ら闇の眷属の願いだ」


「確かにそうだが、良いのか、あの白銀も、そして、その仲間たちも動き出しているのだぞ。それに、我らが王は優しきお方だ。お主の行いは、王の怒りに触れるぞ」


「フン。王とて、復活なされれば、多少の事は目をつぶって下さるであろう。それに、白銀は我ら闇の眷属の憎き敵、我のこの力で滅ぼしてくれるわ」


 影は、グーガの言葉を聞いて溜め息をついた。もとより、説得できるとは思っていなかったからだ。だが、疑問もあった。


「その考え、本当にお主のものか。お主の頭上にある『混沌の井戸』に影響されているのではないか」


「お前は、我を愚弄するのか! 我はただの獣にあらず!」


 グーガは、怒気をはらませ立ち上がり、頭上の虹の珠から虹色の雷撃を射出した。地響きが鳴り響き、影がいた一帯は焼け焦げた。この程度の攻撃は脅しだ。影がこの程度で痛手を受けるとは思わなかった。


「ふむ、その力……。やはり、お主は汚染されている。その力は、竜族を動かしてしまうぞ。彼者たちは世界を守護する役目ゆえ、その力を持つ限りお主の敵となる」


 思った通り、別の場所から影の声がした。


「ククク、竜? そんな、いるのか分からない存在に、我が怯えるとでも。我はこの力で、今までよりはるかに強くなった。王が復活致せば、さらに力が増すであろう」



 グーガは、竜の存在など知らなかった。だが、白銀とその仲間たちの存在は、煩わしかった。今まで、何度となく彼の邪魔をしていたからだ。だが、それも終わりだ。今までに無いくらい、王の存在を感じている。



(この影とも長年の付き合いだが、王の元に最初に辿り着く栄誉を羨んでいるのであろう。王の傍らに仕えるのは自分だ。その時は、この影にも長年のよしみだ、何かしらの旨味を与えてやろう。我の前に這いつくばらせて、赦しを乞わせてからだがな、ククク)


 グーガは、どう従わせてやろうかと内心ほくそ笑んでいた。影は、その下衆な感情を感じたのか声に怒気を含ませた。


「……もう一度聞く。それは本当にお前の考えか!」


「何度も言わせるな! 我はさらに高位の存在となるのだ。従うのであれは、今のうちだぞ!」


「そうか……。では、お主は死ぬな! 長い付き合いゆえ忠告したが、どうやら…、ここまでのようだ……」


 影は感情を昂ぶらせたが、直ぐに気落ちし掠れた声で言った。

 はるか昔、お互いにまだ幼な子だった頃からの付き合いだった。王の後ろ盾が無く、他の属性者から蔑まれながら、孤独で肩身の狭かった時期に出会った。

 同じ境遇の者同士と言うこともあり、種族は違えど直ぐに仲良くなった。それから二人で力を合わせて、度重なる危機を乗り越えて生きてきた。だからこそ何度となく、この怪しげな力を取り入れない様、忠告してきたのだ。しかし、彼は忠告を受け入れず、ますますのめり込んでいったのだ。

 彼の変わり様を見ていると、友人を救う事が出来なかった自分に怒りを覚えるのだった。


(誰なのか、彼にいらぬ知恵をもたらしたのは。いつからだろうか、グーガは変わってしまったのは……)


 影の心に悲しみが溢れていった。




 グーガは、怒りに震えていた。

 そう、この力はあの箱と出会い、王を感じたのが始まりだ。我が王が戻って来てくれたのだ。そして、王は力を授けてくれた。王の助言に従ってこの場所を発見し、虹の珠を手に入れた事で、更なる力を手にした。

 だからこそ、同じく辛酸を舐めていた影にも勧めたのだ。共に強くなろうと。

 しかし、王の帰還を信じず、力の受諾もことごとく拒否したのだ。こんなにも心地よく、素晴らしい力を影は受け入れなかった。長々と歩んできた友に裏切られたと感じたのだ。敵に囲まれようとも影だけは、共に戦ってくれると信じていたのに。


(こやつも所詮は、妖精族なのだ。友だ親友だと口で言っても、心の底では獣族の我を見下しておったのだ)


 グーガは、どこに潜んでいる分からない影に苛立ち、怒りに身を任せ、今度は広間全体に雷撃を展開させた。広間は轟音に支配され、それに伴い天井が崩落するが、グーガに直撃する天井の瓦礫は、虹の珠に吸い込まれてしまった。グーガが辺りを見回すと影の気配は消えていた。そして、影の木霊が響いていた。



『さらばだ、友よ……』



 そして、崩れた天井から見える秋空に向けて、グーガは怒りを発散するかのように咆哮を放った。


 こうして、戦いの第二幕が上がろうとしていた。

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