第二節 死と別れの物語

第一話 狼たちの足音

 カラン、カラン。

 昼なお暗い木が生い茂る森の中、木で出来た鳴子の甲高い音が響き渡る。その音を聞いて、木々をつないで造られている砦が慌ただしくなった。


「奴らが来るぞ! 後方に鏑矢を放て! 採取班を引き上げさせろ!」


 警告の鏑矢が一定の音程を刻みながら、笛の様な音を奏で遠ざかって行く。


「刺激弾をばら撒け、時間を稼ぐぞ」


 決められた行動に基づき、次々と号令が放たれる。

 クローヴィスは、砦の一室に待機していたが、その声を聞き、かたわらの銃を掴み部屋を飛び出た。別の砦と繋がっている吊り橋には、すでに二個小隊が戦闘準備に入っていた。

 辺りは少し靄がかかり、少し鼻の奥がツーンとする刺激臭が漂っている。薬草を詰めた爆薬をばら撒いたのだ。火を付けると鼻の粘膜を刺激する煙を発生させる。ヒト族の嗅覚では、くしゃみをする程度で済むが、狼たちの鋭い嗅覚には強烈な刺激を伴う。上手くすれば動きが鈍くなるのだ。


「クローヴィス隊長、どうやら一番奥の鳴子だったらしく、まだ奴らの姿を確認できていません」


 常駐の防衛小隊の隊長が、遅れて姿を現したクローヴィスに報告する。階級は同じ小隊長なのだが、巡検士隊の隊長は、通常部隊の大隊長と同じ階級となっている。この地域の小隊は彼の指揮下にある。

 巡検士隊は、拠点から出て外の地域の偵察任務を主体としているが、長期にわたる危険な任務な為、精神が持たなくなる。偵察任務から戻ると、しばらくは休息も兼ねて、リメスの防衛に駆り出される。


「クロ、彼の言っている事は、だいたい合ってるよ」


 クローヴィスが熟考していると、金髪金眼のアルヴが音もなく、姿を現す。まさに言葉通り忽然と現れて、周囲の戦士たちを驚かせた。

 彼の名は、オレウス・ウル。前後にツバが付いており、耳当てを頭頂部で結んでいる緑色の帽子をかぶっている。長い金髪を帽子で隠しているのだろう。森の中では、彼の金髪はよく目立つ。クリッとした大きな目をしている為、見た目は子供の様だったが、これでも数百年生きているのだ。光の王ルクスに仕えるウル氏族の戦士である。十数年前からコロンに居座り続けている珍しいアルヴで、巡検士隊の設立やこのリメスの建設に関わっていた。

 どうやら彼は、偵察に出ていたらしい。


「いや〜、刺激弾の匂いは強烈だね〜。でも、狼たちは罠の一番外側にいるからね〜、効いてないと思うよ〜」


 オレウスは、のんびりとした口調で続けた。熟考しがちなクローヴィスとのんびりなオレウスは同じ波長なのか気が合った。今では、お互いに愛称で呼び合う間柄だ。


「オレウス、何で奴らはそこで止まっているんだ? いつもであれば、一目散に駆けてくるだろう?」


「う〜ん、ボクの見立てだと、何かを待っている様な感じだったね」


「それは、何だか分かるか?」


「そんなの分かるわけないじゃん。狼じゃないんだし」


 こういう素直に言ってしまう所が、ヒト族にはあまり良く思われないのであろう。付き合いの長いクローヴィスは、慣れているせいか気にならないが、あまり付き合いがない者は、馬鹿にされた気がする。言い方を工夫すれば良いのだが、何度注意しても治らなかった。

 とりあえず、警戒はそのままにして、様子を見ることにしたが、後衛で指揮をとっていた副長のコルヌが走ってやって来た。


「隊長! 採取班が襲われた。どこに潜んでたのか分からないが、突然現れたんだ。そっちの鏑矢の知らせで、退避している途中だったんで、幸い死者は出なかったが、奴ら炎を使ってきやがって、数人重傷を負ったんだ」


 このリメスは、拠点コロンの東に広がるミュルクヴィズの森にある。百人が手を繋いで届くくらいの太さを持つ巨木の森だった。この特性を活かし、コロンの城壁から近くの巨木に橋を作り、巨木の幹をくり抜いたり、枝の上に建物を作り砦としていた。さらにその木々を橋で網目の様に繋ぎ、要塞としていた。これで、わざわざ危険を冒して地面を歩いて行かずに、森の奥を探索する事が出来る。

 このリメスの外側には、木で作った鳴子や罠をを設置して、早期に狼など接近して来る存在を察知する様にしてある。砦には、地面に降りる為のゴンドラが幾つも設置されており、要塞内で安全に薬草や食用の植物を採取していた。

 今回は冬に備えて、貴重な薬草を採取していたのだ。しかも、最も安全だと思われた場所でだ。


「それは、理力を使っているねぇ。炎を使うとなれば、火属性は確実だね。鳴子が鳴らないという事は、風もいるのかな。突然現れたとなると、光もあり得るけど、光の王は厳格だからねぇ〜。ここの狼に加護を与えているとは思えないし〜」


 オレウスは、独り言の様に可能性を次々と話していった。


「そんな馬鹿な! 今まで狼たちが、そんなものを使ったっていう事例はないぞ!」


 コルヌが叫んだが、ヒト族は理力が使えない為、実際の所、どんなものか理解していなかった。

 多くの種族は、産まれてしばらくは自我を持たない。源素を取り込み、コアが機能し始めると理力を使える様になる。しかし、意識して理力を使用する事は出来ない。自我に目覚めるまでは本能と上位者の命令に従い、やがて、自我に目覚めると独り立ちしていく。

 その頃になると中位の存在となり、理力も意識して使える様になる。妖精族がヒト族に例えて話す時、子供から大人への成長と同じだと伝えていた。


「いや〜、普通に使えるから。今までの狼は下級のものだったんだよ。いよいよ、上位の連中が出てきたって事かなぁ。理力に耐性がないヒト族にとっては、苦しくなるねぇ〜」


 他人事の様にオレウスは答えたが、妖精族にとっても苦しい事には変わりない。戦士団が居るのならまだしも、ノックス周辺にいる者のほとんどは、生産職だった。しかも、コルンに居る妖精族の戦士は、現在の所、オレウスただ一人だった。


(いや〜困ったねぇ〜、もう少し猶予があるんじゃなかったの? レナのウソつき!)


 ニコニコ笑いながら、内心ではレナ・シーの事を毒づいていた。


「で、どうするのぉ? クロ〜」


 オレウスがクローヴィスに次の行動を促すが、彼はすでに決めていた。


「リメスを一時放棄する。コルヌ、後衛の全部隊をコロンに撤退させろ。奴らがどんな攻撃をして来るか分からない状況では、ここは危険だ。コロンに戻って、マグヌスと改めて対策を話し合おう」


「隊長はどうするんで?」


「先任たちには悪いが、俺と共に殿を務めてもらう。ギリギリまでねばって情報収集をする」


「やれやれ、貧乏くじ引いちまったぜ」


「コロンに戻ったらいっぱい奢れよ」


 彼らもそう来ると思っていたのか、不満の口振りをしながらも肩をすくめて、不敵な笑みを浮かべる。彼らの想いは分かっている。だから、クローヴィスは応えた。


「一杯なんて、そんなケチくさいこと言わんさ。生きて帰ったら、吐くまで飲ましてやるよ」


「おうおう、言ったな! 隊長を破産させてやんぞ、なあ、みんな!」


 戦士たちの歓声が響いた。

 クローヴィスも最前線の指揮官だった。最前線の指揮官は、総じて気前が良い。それはそうだろう、いくら報奨金を貯めていても、次の日には死んでいるかもしれないのだ。であれば、部下の為に使ったほうが良い。士気も上がるし、生産職にも金が落ちていく。それは、この共同体を巡り、多くの人を助けていく事になるだろう。



 コルヌは首を振り溜息をついた。コルヌは知っていた。クローヴィスが忌子と呼ばれ、多くの人に避けられていた事を。彼は、それを払拭するかの如く、進んで危険に向かっていった。いつかその無理がたたり、死んでしまうかもしれない。

 コルヌにとっては、今までで最高の指揮官だ。戦士団にとってもかけがえの無い指揮官だろう。だから死なせたくなかった。いくら忠告しても彼は改めようとはしない。それは、彼自身の問題だけでは無く、彼の双子の妹の為でもあったからだ。彼が活躍すれば、彼の妹の待遇も良くなるとの思いからだった。

 コルヌは、彼が死なない様に、密かに補佐していく事を誓っていた。


「まったく、必ず戻ってきてくださいよ。俺は、隊長なんてめんどくさい仕事はしたくないんでね」


「何言ってる。たちは、あの北部から帰ってきたんだぞ。あの柩を持ってな。それに比べれば、コロンに戻るくらい大したことではない。オレウスもいるしな」


「ほえ?」


 オレウスは、興味なさそうに吊り橋の手すり代わりのロープに腰掛け、足をぶらぶらさせて暇を潰していた。声をかけられると、手すりから飛び降り橋を揺らして、クローヴィスに近寄って行く。クローヴィスは笑ってオレウスの肩を叩いた。

 コルヌは何か違和感を覚えていた。が、今は時間が無い。それを記憶の片隅に放り込み、「了解」と短く答え、後衛に走り去った。

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