第三三話 氷雨の魔女(上)

 客人二人は、司令官とその側近たちと共に、別室へ移動した。出て行く時に、ゴブリンのアルドルは、物凄い表情で睨んでいたが、当のレナ・シーは何も反応していないので、黙って一緒にいってしまった。


「ったく、この馬鹿野郎が、余計なことを言いやがって、オメェらも部下の前で、騒ぎ立てんじゃねえぞ」


 大隊の面々が集まったところで、デンスが呆れた様にトーリスを叱り、他の小隊長たちにも釘を刺す。


「いや、でもさデンス。氷雨の魔女って、今回の作戦、ヤバいんじゃないのか?」


 何人かは、意味を知っているのか、少し顔色が悪い。


「氷雨の魔女って何?」


 カイルは、初めて聞いた二つ名に疑問を抱き、フィオラに聞いてみた。知らない小隊長たちも聞き耳をたてる。フィオラが一度デンスを見るとデンスは頷いた。


「氷雨の魔女は、誤解から始まっているの……」



 フィオラは、今まで読んだ本の知識を思い起こしつつ話はじめた。

 レナ・シーの記述は、ノックスに定住する以前の数少ない書物にも、数多く記載されていた。

 ヒト族の危機に度々現れ、多種族から救ってくれたり、ある時は疫病に冒されている人々に、アルヴの治癒師を連れて来てくれたり、畑に撒くための種籾を持って来てくれたりと、ヒト族の祖先たちは、感謝の言葉を数多く刻んでいた。ノックスの定住にも彼女は関わっているらしい。

 問題は、ヒト族がノックスに定住してからだった。それまでは、妖精族との関わりが少なかったため、問題とならなかったが、文化の違いが次第にすれ違いを産んでいった。


 妖精族は、その長い寿命のためか、何事もゆっくりと考え進めて行く傾向がある。反対にヒト族は短命なため、自分たちが生きている間に結果を出したいと考え、急激な変化を望んでいた。

 その差異は、片方は愚かしさとうつり、片方は傲慢さと捉えていった。救いは、ドヴェルグ族が自然な形で仲を取り持ってくれたことだろう。

 感情制御の力を持たないヒト族の心情は、不満を水面化に押しやったことにしかならなかった。


 レナ・シーは、ヒト族がノックスに定住した頃から、以前ほど姿を見せることは少なくなっていた。しかし、ヒト族の危機が到来する度に助けが必要な時は、必ず現れていた。だが、いつも被害がかなり出てからだった。



 ヒト族は、心が弱い。

 特に大事なものを失った時。

 普段は強くても簡単に折れてしまう。



 レナ・シーは、妖精族の英雄であり、支えだった。妖精族のそんな態度を見ていたヒト族は、不満を表す。


 それほどの力を持つ者が、なぜ、自分の愛する者たちを救ってくれなかったのか。


 その不満は、やがて疑念となり、不信となった。


『彼女は、我々に災いをもたらす魔女だ』


 誰かが言った。それは噂となり、ヒト族に広まっていった。



 ◆



「それって、八つ当たりじゃないか! そんなにヒト族の為に尽くしてくれたのに」


 まるで恩を仇で返しているようで、思わずカイルは頭に血を昇らせ、拳をきつく握った。それを聞いていたトーリスは、肩を縮こまらせ小さくなっていた。


「誰でもそう思うだろう。もう少し早く来てくれたら、アイツらも死なずに済んだかもしれない。そして、自分だけ生き残った罪悪感を誰かの所為せいにしたいものさ」


 デンスが、何処となく焦点の合わない目をしながら、カイルの肩を叩く。いずれお前にも分かるよ、と言い添える。


「あれ、診療所であった時、デンスもフィオラさんも知っていたんだ。なんであの時は知らないフリをしてたの?」


「フィオラは、アスクラの話を聞くまで知らなかったさ。俺は……お前に先入観を持ってほしくなかったからだ」


「そうね。先入観は、なかなか消えないものね。私も別々の歴史上の人物だと思っていたし、まさか『星屑の守護者』と『氷雨の魔女』が同一人物で、あの方が本人だとは思わなかったわ。きっと、英雄カインとも会った事があるのでしょうね。そこら辺、聞いてみたいわ」


 途中からフィオラは目を輝かせ、心が別の場所へ行ってしまった。



「そういえば、氷雨ってなんなんだ」


 フィオラの妄想を破ったのは、今まで黙々としていたセルビウスだ。彼は、疑問を呈する。この件は、まるっきり知らなかったらしく、じっくりと話を聞いていたのだ。


「ああ、それはね。彼女が現れる時、必ず氷混じりの冷たい雨が降るから、そこからきた由来だと思うわ」


「でも、ここ最近、雨なんか降ったっけ」


カイルが首捻って疑問に思う。


「そりゃいつもって訳ではないと思うわ。今回は、輸送隊の馬車で来たのでしょう。記述によると大抵、緊急時の場合だから、多分、理力を使っているのでしょうね」


「つー訳だ。オメェらビビってんじゃねぇぞ。ノックスは、闇の王の領地だったんだ。闇属性は精神を司る、王が封印されているとはいえ、ヒト族の精神は妖精族に比べかなり弱い、ひょっとしたらなんかしらの影響はあるかもな。ほら、お〜ま〜え〜ら〜の〜、後ろに〜も〜………………って、あれ?」


 デンスが雰囲気を出す様に、低い声で驚かせようとしていたが、皆に半眼で迎えられた。


「意外と子供っぽいところがあるよね、デンスは。イテッ」


 デンスは顔を赤らめ、カイルの頭にゲンコツをくらわせた。これこそ完全に八つ当たりである。


「カイル! オメェだけには、言われたくはねぇ! おい、トーリス! お前は部屋に戻れ。お前がいるとややっこしくなるからな」


「ヘイヘイ、了解です大隊長殿」


 トーリスは、右手をヒラヒラと振りながら会議室を出ていった。それが合図のように、奥の扉が開き、司令官とレナ・シーが戻ってくるが、レナ・シーは先程の件を気にした様子もなく、無表情で椅子に腰掛けた。それを見て、大隊の面々もそれぞれの席に着席し、再び会議が始まった。



 後半の会議は、フィオラの話を聞いた事もあったのか、滞りなく終わった。ただ、不満はあった。第二輸送隊が、本来の予定より遅れているそうだ。必然的に輸送隊を護衛している妖精族の戦士たちも遅れることとなる。

 結局のところ、カインライン大隊が、コロンに荷物を受け取り帰還し、その後、妖精族がカイン城からノックスへの運搬を行うとのことになった。



『内地でそんなに護衛なんかいらないだろ!』


『結局、危険な所のお使いは、俺らにやらせるんだな』


『コロンまでの道のりは、それほど危険ではないとはいえ、いざという時のために、強力な戦力が必要なのに幻滅だぜ』



 カイルには、そんな不満の声が聞こえる様だった。

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