第五話 イーストンの屋台

 外光を通す結界のお陰で、トンネル内は思いの外明るくなっておりました。さすがに晴天の屋外のようにまでとはいきませんが、読書をしても視力に悪影響を及ぼすことはないでしょう。


 これが夜になると風除けの内側に植えられたヒカリソウの光だけになるのです。きっと幻想的な光景に違いありませんわね。


 とは言え景色は何の変哲もなく、時折休憩所や休息所があるのが分かるくらいです。邸を飛び立った時は結界に張り付くほど興奮していたリビィたちも、今ではお喋りに興じているくらいでした。


 それからしばらくすると、ダロワ殿が減速を始めました。少し前から出口の光も見えております。そしてトンネルを出たところで一度上昇し、緩やかに着地して私たちを降ろして下さいました。


「「「すっげー! ホンモノの黒竜だぁ!!」」」

「「「シャネリア皇女殿下ぁ!!」」」

「「「「うぉぉぉっ!!!!」」」」


 前もって聞かされてはおりましたが、入口での厳戒態勢とは違ってこちらは歓迎ムード一色です。もちろん群衆との距離はかなりありましたが、熱気は十分に伝わりました。


 そこへ、二十人ほどの護衛騎士を従えた一組の男女が歩み寄ってきます。


「久しぶりだな、シャネリア」

「スコット兄上さま、ご壮健そうでなによりですわ」


「シャネリアもお元気そうで」

「ノエル、変わらず美しいですわね」


「そちらの方々がお友達の?」


「し、シルスキーノエル女王陛下! わ、私はオリビア・テレス・ワグナーと申します」

「ケイト・シャルル・アーガスです」

「ハミルトン・クラウス・コークヘムです」


「皆さん初めまして。シャネリアのお友達でしたら、私のことはどうぞノエルとお呼び下さい」


「は、白竜様の女王陛下をよ、呼び捨てなんて……」

「「「恐れ多すぎます!」」」


「大丈夫ですわよ。竜族にとって人間の敬称など意味がありませんから。そうですよね、ダロワ殿?」

「ウム」


 それでもせめて様付けをとのことでしたので、ノエルも納得してくれたようです。


 その後すぐに私たちは宿に案内されました。


 大陸北側の出入り口は東西いずれもノース帝国とミレネー王国の緩衝地帯となっており、宿屋や土産物店、その他多くの屋台が軒を連ねております。


 また東西とも温泉が湧き出たお陰で、開放されて間もないにも関わらず一大観光地として大変に栄えていました。


 お陰で双方の国は元より東側はベッケンハイム帝国、西側はモートハム聖教皇国からも出店されております。彼らは特権商人制度を利用しているので、我が国に対する通行税が免除されているのです。


 商魂逞しいですわね。


「これだけ賑やかですと、街と呼んでも違和感がありませんわね」

「すでに東側はイーストン、西側はウエストンと名が付いているぞ」

「まあ、そうでしたの」


 宿のロビーで改めて兄上さまとの再会を喜んだ後、私たちはイーストンの街に繰り出しました。ところで皇族とはいえ、単なる観光訪問で人出を規制するわけには参りません。ですがそのお陰で、街は普段通りの活気に満ちているそうです。


「普段通りと申しますかいつもの倍……いえ、三倍以上ですね」


 この方はウォルター、今回お世話になる宿屋ヒームロの支配人です。彼は私たち一行の案内役を買って出て下さったのでした。


「彼らは黒竜様、美しいと噂の皇女殿下、それに白竜様を一目見ようと集まってきたのです」

「あら、それでは挨拶した方がよろしいかしら?」


「いえいえ、皆様は休暇でお越しなのですからその必要はございません。彼らもそこはわきまえておりますでしょう」

「そうですか」


 もちろん、私たちの周りはスコット兄上さまがお連れになられた護衛騎士二十人がおります。さらにダロワ殿とノエルもいますので、こちらに危険が及ぶことはまずありません。


「あら、あちらの小物、邸の皆へのお土産によさそうですわね」

「いいですね」


 私の呟きにリビィが応えた時でした。突然小物を並べている屋台を護衛騎士たちが取り囲み、店先にいた一般客を下がらせてしまったのです。救いだったのはそれが強引ではなく、騎士と一言二言交わした彼らが笑みを浮かべて従ってくれたことでしょうか。


 ですが店主の顔は真っ青になっております。いきなり店が武装した騎士たちに囲まれたのですから無理もありません。


「何事ですの?」

「皇女殿下、ご友人の方々もごゆっくりご覧下さい」

「え?」


 初老の騎士の言葉にふと屋台に目を向けると、先ほどまで青ざめていた店主の顔が、騎士と一言二言交わしてから何故か和やかになっておりました。


 どうやら客には私が商品に興味を持ったようだから、安全上の観点から少しの間だけ店先を離れてほしいとお願いしたようです。店主にも同様に説明し、閉店後に残った商品は全て帝国が買い上げると伝えたのだとか。


 それほど大きな屋台ではありませんから品数も多くないとはいえ、これでは迂闊に屋台を見て回れないではありませんか。帝国の予算にも限りがあるというものです。


 ところが私が小声で先ほどの騎士にそう告げると、彼は微笑みながら頭を下げてこう言ったのです。


「殿下のご懸念には及びますまい」


 彼の真意は分かりませんでしたが、このまま立ち去るわけにもいきませんので、私たちはひとまずお土産を選ぶことにしました。兄上さまもノエルと楽しそうに商品を見ておられます。


 そんなことがいくつかの屋台で繰り広げられて、宿に戻ったのは夕餉ゆうげまで間もなくという時間でした。


「それにしても、閉店後に残った商品を全て帝国が買い上げるなんて、いくら何でもやり過ぎだと思いませんか?」


「あらネリィ、私たちが立ち去った後の屋台をご存じないのですか?」

「え? どういうことですの、リビィ?」


 キョトンとした私の顔を見て、リビィたち三人はもちろん、兄上さまとノエルまでもがクスクスと笑っています。


 ダロワ殿は……少し不機嫌そうに見えますわね。私が笑われていることが気に入らないのかも知れません。もっとも彼にまで笑われたらちょっと落ち込むところですけど。


「あの後屋台は大変だったんですよ」

「大変? ですから何がです?」


「ネリィが買い物をした屋台では、帝国皇女殿下がお買い物をなさったお店ということで、閉店前にほとんどの商品が売り切れてしまったそうです」

「えっ!?」


「だからお前が心配するようなことはないんだぞ」

「兄上さま、ご存じだったのですね!?」

「まあ、な」


「もう! 教えて下さればよかったですのに!」

「いや、そこまで心配していたとは知らなかったからだよ。すまん」


 それでまた場が笑いに包まれたのですが――


「焼キ滅ボスカ?」


 ダロワ殿のこの一言で、一瞬にして私も含めた全員が凍りついてしまったのは言うまでもないでしょう。もちろん、そんなことにはなりませんでしたけど。

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