第四話 トンネルへ

 賊に襲われた私が終始落ち着いていられたのは、ダロワ殿の存在を知っていたからでした。私に向けられる悪意を彼が放置することは絶対にありません。

 奴らが姿を現すずっと前から、不可視の結界を張って傍についていたというわけです。


「それでは残党は全て?」

『片付けてきた』


 さらわれた女性は帝国騎士団によって救助され、すでに売られてしまった被害者もダロワ殿から居場所の情報が伝えられているので、間もなく全員戻ってくることでしょう。


 もちろん彼女たちが攫われたことを知っていようといまいと、買った者も罰せられます。我が帝国では正規の奴隷商以外の人身売買が固く禁じられているためです。


 特に貴族がこれを行った場合の罰は、降爵より重い改易かいえきが下されました。つまりそれまでの身分が剥奪されて平民に落とされるだけでなく、領地や屋敷、財産などがあれば全て没収されるのです。


 これは事実上の死を意味します。体面を重んじる貴族は罪人には決して関わろうとしません。過去にどれだけ親密な付き合いがあったとしても、手を差し伸べることはないのです。


 さらに罪人に冷たいのは平民も同じで、仕事をしたくても雇用されることはまずないでしょう。事業を起こすにも財産が没収されているので元手はありませんし、そもそも信用を失っているので誰からも相手にされません。


 こうして収入の一切が閉ざされた者が行き着く先は、過酷な労働を強いられる鉱山くらいしかなく、慣れない肉体労働が原因で早死にしてしまうケースが多いというわけです。


 このような事実があるからこそ、父上さまは改易のみで彼らを捕らえることはしませんでした。捕らえれば罪人の生活を国民が納めた血税から賄わなければならなくなるからです。


 それはそうと、許しも得ずに私の身分を賊に明かしてしまったピートは、小隊長から一般兵に降格させました。本人は私に叱責されて解雇を覚悟したようでしたが、あの時機会を与えると言いましたからね。

 実力はあるのですから今後に期待したいところです。



「ネリィ、夢ではないんですよね?」

「ええ。先日お二人が命を賭けて私を護ろうとして下さったお礼だそうです」


「それなのに私までよろしいのでしょうか」

「ハミルトンさんも遠慮なさらずにどうぞ」


 今日は元々休暇を利用して、ノース帝国のスコット兄上さまに会いに行くことになっている日でした。その際ダロワ殿からの申し出で、リビィとケイトさんを共に乗せて下さることになったのです。


 ただあの場にはいなかったからといって、ハミルトンさんを仲間外れにするわけにはいきません。ですから彼女の同乗もお願いしてお許しを頂いたというわけです。


「東トンネルを抜けた出入り口の宿で一泊する予定です」

「確か温泉があるんでしたっけ」


「ええ。こちらから私たち四人とダロワ殿。あちらからはスコット兄上さまとシルスキーノエル殿、それに護衛兵士が来られます。宿は貸し切りですからゆっくり出来ますわよ」


「ネリィ、シルスキーノエル様って白竜様ですよね?」

「はい。とってもお美しい方です」


「どうしましょう。緊張してきました」

「私も」

「私もです」


「でもよかったのですか?」

「何がでしょう、ケイトさん?」


「本当はシャネリア様と黒竜様だけで行かれる予定だったんですよね?」


「構いませんわよ。すでに兄上さまにも許可を頂いておりますし、何よりもお礼を言いたいと仰せでしたから」

「やっぱり私はご辞退した方が……」


「ハミルトンさんも、いつも仲良くして下さっているではありませんか。兄上さまもご存じですからお気になさらずに」


 カーラを含めた私たちの専属メイドは同行出来ませんので、代わりにお世話係としてミレネー王国から王家の使用人が派遣されることとなっております。


 ただし今回は帝国皇女としての正式な訪問ではなく、あくまで休暇を楽しむのが目的ですので、王族との会談などは予定されておりません。


 それから私たちは各々の荷物を使用人たちに運んでもらい、彼らを下がらせてから竜の姿に戻ったダロワ殿の結界に包まれました。飛行中の姿を地上から見られないようにするために、この結界は不可視です。


「すごい! これが黒竜様の結界の中!」

「ふわふわですぅ!」


「うふふ。ソファを持ち込んでもよかったのですけど、ない方が心地よいと思いましたので」


 間もなく私たちは結界ごとふわりと浮き上がり、巨大なダロワ殿の顎の下で止まりました。ここなら彼と同じ景色を見ることが出来ますので、最近の私のお気に入りの位置なのです。


「「「高い……!」」」

「怖いですか?」


 私の問いかけに、三人とも大げさと思えるほど首を左右に振って応えました。その表情には期待しか窺えません。


 いつもの演出でダロワ殿が大きく翼を羽ばたかせると、ゆっくりと高度が上がり始めます。三人はそれを結界の壁に張り付いて眺めておりました。


「すごいすごい!」

「速い!」

「高い!」


 空高く舞い上がった私たちは眼下に広がる帝都を一瞬で飛び越え、旧コートワール公国領に入りました。今は懐かしいコートワール城には、母上様のご実家であるシーライト侯爵家がお住まいになられています。


 子供の頃はとても大きく感じたお城でしたが、上空からですと小さく見えるのが不思議でなりません。


 そこからどのくらい飛んだでしょうか。次第に高度が下がっていき、私たちは東トンネルのコートワール側出入り口に到着したのです。


「シャネリア皇女殿下、お待ちしておりました」


 着陸時にはダロワ殿の結界は不可視が解かれていました。ですから巨大な彼の姿も私たちも、警備兵や職員たちに見えていたのです。


 なお、山脈を飛び越えずにトンネルを利用するのは、スコット兄上さまによるあちら側の出入り口視察を兼ねていたからでした。


「ご苦労さま。トンネル内の様子はいかがですか?」

「はい。各休憩所、休息所は厳戒態勢を敷いており、輸送ワイバーン、人、馬車とも朝から通行を禁じております」


「そう。中にいる皆さんは足止めされているということですわね」

「仰せの通りにございます」


「では私たちが入ったら、すぐに態勢解除の伝令を送って下さい」

「かしこまりました」


 ダロワ殿は時速約二百キロでトンネル内を飛行する予定となっております。これ以上の速度で飛ぶと、人工物の風除けが風圧で壊れてしまう可能性があるからです。


 また、伝令にはワイバーン騎兵を使うことになりますが、彼らの巡航速度は時速約百キロですので、私たちの直後に飛び立ったとしても安全は保たれるというわけです。


「それでは参りましょうか」

「お気をつけて。よい旅を」


 警備兵と職員たちに見送られながら私たち四人は再び結界に包まれ、ダロワ殿と共にトンネルへと向かうのでした。

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