第三話 最期の言葉
ピートが私の身分を明かしたことで、賊たちが口元に
父上さまに恨みを持つ彼らにとってみれば、臆するどころか逆に煽ることになってしまいますのに。
「皇女様でしたか。これは面白いことになってきました」
「くっ!」
「方針変更です。そこにいるのが皇女様なら彼らが引くことはありません。殺してしまいなさい!」
身構えるピートたちに対し、賊がにじり寄ってきます。そして剣を上段に構えて襲いかかってきた一人に、ピートは姿勢を落として肩から懐に潜り込み、
ところが――
「ぐっ!」
そのピートの脇腹に、横から出てきた賊が剣を突き刺したのです。
「ピート殿!」
「くそったれがぁっ!」
別の兵士がその賊の腰を蹴って退かせましたが、彼もまた飛び込んできた賊に脇腹を刺されてしまいました。
二人の傷はどう見ても致命傷です。すぐに死ぬことはないと思いますが、あれではもう戦うことは出来ないでしょう。残りの二人の兵士も前後から襲われ、血の海の中に倒されるしかありませんでした。
さすがは元領兵を名乗るだけのことはありますわね。驕らず数の有利を取り、確実に敵を仕留めたというわけですか。
ですがそれでも、リビィとケイトさんは私を護ろうと賊たちの前に立ち塞がります。そしてリビィが小声で囁きました。
「ネリィ、私たちが何とかスキを作りますから逃げて下さい」
「お嬢さん方、観念なされませ。皇女様、お二人に離れるように命じて頂けませんか? そうすれば彼女たちには乱暴なことは致しませんので」
「……分かりました。リビィ、ケイトさん、私から離れて下さい」
「ネリィ!? そんなこと出来るわけありません!」
「そうですシャネリア様! 私たちの命に代えても御身をお護り致します!」
「二人にそんなことはさせられません。構いませんから言う通りになさい。これは命令ですわよ」
「ネリィ……」
「シャネリア様……」
悔しそうな表情を滲ませながらも、二人は命令とした私の言葉に従って数歩ずつ遠退きました。
「物分かりがよろしくて助かります。残念ながら皇女様にはお辛い目に遭って頂くことになりますが」
「父上さまへの怨みを晴らすということですわね?」
「直接皇女様に怨みはないので、せめて苦しまないよう一突きで終わらせましょう。御身を害することで皇帝には
「ネリィに……皇女殿下に酷いことをしないで!」
主犯格の男が剣を手に私に近づいてきました。リビィとケイトさんはすでに賊たちに囲まれており、身動きが取れません。ピートたちも薄れゆく意識の中で、声を上げることすら出来ずに唇を噛みしめていました。
「皇女様、最期に言い残すことがあれば聞きますよ」
「どうあっても私を殺すということですわね?」
「我々の怨みはそれほどに深いものなのです」
「そう、残念ですわ」
「それが最期のお言葉で?」
「ええ」
「そうですか。では、さらば……!」
男の剣は、真っ直ぐに私の首に突き出されました。言葉通り一突きで私の息の根を止めるつもりのようです。
まったく、苦しまないようになんて冗談じゃありませんわ。そんなのが刺さったら痛いに決まっているではないですか。ですが、その切っ先が私の首に突き刺さることはありませんでした。
「なっ!?」
「最期の言葉……これは貴方たちが最期に聞く言葉ですわね」
鈍い金属音が辺りに響いた瞬間、私の目の前にはダロワ殿の広い背中がありました。
「「黒竜様!!」」
「黒竜……だと……?」
歓喜に満ちた声を上げたのはネリィとケイトさんです。二人は取り囲んでいた賊たちを突き飛ばして私の許に駆け寄ってきました。
「な、なんだ……?」
「か、体が……動かない……」
「シャネリアヨ、コノ者タチハ殺シテ構ワヌノダナ?」
彼らが動けなくなったのは竜の威圧のせいです。そして念話ではなく声に出して聞いてきたのは、賊たちに恐怖を与えるためでしょう。ダロワ殿は大変にお怒りのようです。
「構いません。父上さまを怨み私を殺そうとした、つまり帝国に叛意を向けたのです。明らかな反逆罪。もはや弁明の余地はありません」
「心得タ」
「リビィ、ケイトさん、目を閉じて耳を塞いで」
「「えっ?」」
「あまり気持ちのいいものではありませんから」
「ああ……」
「なるほど、分かりました」
二人が言われた通りにするとダロワ殿はまず主犯格、先ほど私の首を剣で突き刺そうとした男の頭に手を乗せました。刹那、彼の全身が箱のような形の結界に覆われ、ダロワ殿はそれを上から押し潰したのです。
「ぶぎゅわぁっ!」
一瞬で賊たちの顔が青ざめていきます。無理もありません。ボキボキと嫌な音を発しながら、首が陥没したと思った次の瞬間には、その全身がぺしゃんこにされていたのですから。
思わず私も目を逸らすほど無残な光景でしたので、これから同じ目に遭う彼らの恐怖は計り知れなかったことでしょう。もちろん結界のお陰で血が飛び散るようなことはありません。
「ぎむゆべぇっ!」
「ぶぎゅぅっ!」
「びげべぇっ!」
「や、やめっ! ぴゃけびゃぁっ!」
それから数分後、男たちの断末魔の叫びが止み、辺りには静寂が戻っておりました。
「お、終わりましたか?」
「そのようですわね」
そして瀕死の重傷で息も絶え絶えになりながらも、私たちの無事を確認して安堵の表情を浮かべているピートたち兵士の許に駆け寄ります。
「殿下……ご無事で……ごふっ!」
「ピート殿、成し遂げたような顔をされておられますが、貴方たちは何の役にも立っておりませんわよ」
「ネリィ?」
「シャネリア様?」
私の無慈悲な言葉に二人は信じられないというような声を上げました。もちろん分かっております。こんなのはこれから死にゆく者にかける言葉ではありません。
そうです。私は彼らを死なせるつもりなど一欠片もなかったのです。
「束縛故に強く羽ばたき、悲しむ故に喜びがそこにある。涙を流し苦しみに抗いなさい。エクスキュア!」
「えっ?」
「痛みが……消えた……」
「ネリィ?」
「今回は役に立ったとは言えませんが、その身を賭して私を護ろうとしたことには報いましょう。ですから改めて機会を与えます。次こそ役に立って見せなさい」
「「「「は、はいっ!!」」」」
「それからリビィとケイトさんも含めて、このことは絶対に口外してはなりません。よろしいですわね?」
「「「「「「はいっ!!」」」」」」
こうしてダロワ殿を加えた私たちは、邸への帰路に就くのでした。
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