第二話 後悔

 基本的に兵士が身に着ける私服は、帝国騎士に与えられる物とは多少意匠が異なりますが、機能にそれほどの差はありません。そして彼らもまた、非番でも特に命令がない限り必ず帯剣しています。


 また武器や防具がなくても十分に戦えるよう、相応の体術を身につけているのです。少なくとも公国時代から仕えている騎士や兵士なら、帯剣せずとも任務に支障を来すことはないでしょう。


 それは私の領主軍も同じです。


「お店まではすぐなのですから、あそこまで頑なに護衛を申し出なくてもよかったのではないかと思うのですけど」


 ついてきている兵士は四人。領主軍では全員が体術で上位十人に入るほどの猛者ばかりだそうです。その中には先ほどのピートの姿もありました。


「いえ、それがそうでもないらしいのです」

「どういうことですの、リビィ?」


「ゾルディアン様が帝国の騎士なのはご存じですよね?」

「ええ、もちろん。正式にお会いしたことはありませんけど」


「ハミルトンさんが聞いたそうなのですが、最近帝都とその周辺で若い女性を狙った人さらいが頻発しているとかで」

「まあ!」


「でも帝国騎士はサマルキアから出られませんから、とても心配されたと言ってました」


 父上さまも兄上さまも何も仰っておられませんでしたが、私にはダロワ殿がついているから安心とでも思っておいでなのでしょうか。あるいは父上さまたちにはまだお話が伝えられていないのかも知れません。


 そんな会話をしていたら、あっという間に銀匙スプーン亭に到着していまいました。もちろん人攫いなどに遭うこともなく無事でしたわよ。


 でも、ここに来るまでは人気のないところも通りましたし、使用人たちにも注意を促しておく必要がありそうですわね。

 今後は領主軍に見回りをさせることと致しましょう。


 ところでお店の方は小洒落た雰囲気で、可愛らしい装飾品がたくさん飾られておりました。


 お昼にはまだ少し時間がありましたが、すでに何組かが並んで待っています。ただ、入店しているお客さんも並んでいる人も、圧倒的に女性が多いように感じました。


 おそらく男性は入りにくいのでしょう。いても女性連ればかりです。それから私たちも入店待ちの列に加わり、二十分ほどで店内に案内されました。


「素敵なお店なのね」

「センスもいいですよね」

「給仕の女の子の制服も可愛いです」


 彼女たちの制服はピンクと白のチェック柄メイド服です。汚れることを前提としていないのでしょう。決して機能的とは言えませんが、私があれを着たらダロワ殿はどんな顔をされるでしょうか。


 人間の服装になど興味がないような顔をしているクセに、いつものワンピースとは違う装いをしますと、明らかに機嫌がよくなっておられますもの。きっと喜ぶに違いありません。


「あれと同じような物を仕立ててみようかしら」

「「えっ!?」」


「な、何ですの、二人とも?」

「まさかネリィがあの給仕服を?」


「あら、似合わないとでも言いたげですわね」

「逆です! 絶対に似合うと思います」

「私もオリビアさんと同意見です! ただ……」


「ただ、何です?」

「黒竜様が……」

「ねえ……」


「ダロワ殿が?」

「「我のだ!」」

「あ……」


 実はダロワ殿は婚約してから時々嫉妬されたような素振りを見せるのです。しかも相手は男女関係ありません。


 私がリビィたちと楽しくおしゃべりしているだけでも、時々不機嫌そうな顔で「我ノダ」と呟かれるのです。割って入ったり邪魔をするようなことはありませんが、二人はそれがおかしくてたまらないようでした。


 それから私たちはメイドの雑談に出ていたふわっふわのオムレットが、トマトソースで炒めたチキンや細かく刻んだ野菜とライスの上に乗せられたものを頂きました。


 確かにエリオットが作る物とは全く違う趣の、とても美味しいお料理でした。お金を出しても惜しいと思わないとは、まさに言い得て妙といったところでしょう。


 ところでその代金ですが、一人分で銀貨二枚。庶民がお昼に使う食事代としてはかなり高いそうです。なるほど、これで最近ローランドが眉間に皺を寄せていた意味が分かりました。


 ツケのきくお店に比べて高額な銀匙亭の領収書が増えるということは、領の財政を圧迫するということです。ですが今さら銀匙亭には行ってはいけないとか、一度の食事代に制限をかけるといったことはしたくありません。


 永遠に続くのなら問題ですが、料理長が帰ってくるまでの間だけなのですから。


「エリオットが戻ってきたらすぐに行ってもらいましょう」

「ということはネリィ、貴女も気に入ったのですね!」

「ええ、とても美味しかったですわ」


 帰り道で雑談に興じながら、ちょうど人気がない通りに差しかかった時でした。突然背後からピートたちが駆け寄ってきて、前後に二人ずつがこちらに背を向ける形で身構えたのです。


「何事ですか!?」

「賊です。相手は十人以上」


「おやおや、娘さんたちだけかと思ったら男連れでしたか」

「貴様ら何者だっ!?」


「お兄さん方、命が惜しければさっさと立ち去ることです。我々は素人ではありませんよ」

「何だと!」


「あの憎っくき皇帝に取り潰された貴族家の元領兵ですからね」

「何が目的だ!?」


「目的はそちらの可愛らしいお嬢さんたちです」


 私たちを取り囲んだ賊は、その言葉通り屈強そうな者ばかりでした。しかも全員がすでに剣を抜いています。


「最近若い女性ばかりを狙う人攫いは貴様らか!?」

「さて、どうでしょう。そうだお嬢さん方、貴女たちに乱暴するつもりはありませんので大人しくしてて下さいよ。キズ物になったら大変ですから」


 マズいことになりました。護衛は四人。普通の野盗や暴漢なら、相手が十人以上いても問題はないでしょう。


 ですが敵は武装した元兵士です。対してこちらは丸腰。

 しかも私たち三人も着替えてきているので、外出時には常に懐に隠している懐剣も置いてきてしまいました。つまり自身の身を護る術もないということです。


 あの時彼らに帯剣だけでも許しておけば……


 ところが私が後悔の念に苛まれていた時、いきなりピートが大声で叫んだのです。


「貴様ら! このお方を帝国皇女、シャネリア殿下と知っての狼藉か!!」

「皇女?」


 私は彼の言葉を聞いて、さらに頭を抱えるのでした。

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