第六章 南北を繋ぐ橋

第一話 四国間協議

 ヘイムズオルド帝国が帝王の死により滅亡し、新たにノース・コートワール帝国として生まれ変わりました。通称はノース帝国と定められ、各地の領主たちにも抵抗なく受け入れられたようです。


 それはスコット兄上さまが打ち出された政策によるところも大きいでしょう。


 まずは所領の安堵を約束され、税率の引き下げが通達されました。グロヘイズ帝王の統治では税が高く、領主たちは常に頭を悩ませていたようです。


 ですが反旗をひるがえしたところで、赤竜を擁するヘイムズオルド帝国に敵うはずはありません。戦を起こせばたちまちのうちに領民もろとも皆殺しにされるのです。


 ところがあの日、赤竜たちが巨大な黒竜によって次々と撃ち落とされていきました。その様子は、実際に目にした者から語り継がれ、すでに大陸北側で知らない者はいないとも言えるほどに広まっております。


 そしてアントデビス皇帝陛下とクリニシカン教皇猊下げいかがモーゼル城に到着した翌日、城の会議室では領土割譲についての協議が始まりました。


 会議にはスコット兄上さまは当然のこと、私とダロワ殿、ノエルとミレネー王国国王ベルトローム・ハイネル・ミレネー陛下、彼を運んできた青竜の長ブリトーバレイスも参加しております。


「それではどうあっても貴国の領地を通らねばならないではないか!」


「こう言ってはなんですが、ベッケンハイム帝国は今回何もされておりませんからな。しかし我が国は違う。危険を冒してヘイムズオルド帝国に使者を送り、奴らの侵攻を遅らせました。この功績は大きいのではありませんか?」


「何を申す! 我が国とてだな……」

「お二方とも落ち着いて下さい」


 二人が言い争っているのは、割譲される領土の場所についてです。


 父上さまのお考えはこの地を東西三分割し、中央を四分割したうちの二つをベッケンハイム帝国とモートハム聖教皇国に、一つをミレネー王国に与えるというものでした。


 これは大陸南側との交流に必要な海沿いの領土は渡さない、つまり本国と行き来するにはノース帝国が治める地を通らなければならないということです。そしてそこには当然、通行税が発生します。


 ただしミレネー王国に関しては、本国と新たに割譲された領地との行き来で我が国を通る場合、通行税は全て免除とされました。


 なお、兄上さまが二国に与えると申されたのは、四分割されたうちの一番北側、ミレネー王国の南側一帯をベッケンハイム帝国に。次いでその南側はノース帝国の直轄領。そこからモートハム聖教皇国、ミレネー王国と続きます。


 ベッケンハイムとモートハムの領地は、三方をノース帝国領に囲まれることとなるわけです。


 他にミレネー王国には、東西に本国の半分に相当する領土を与えて、ベッケンハイム帝国の領地に蓋をされてしまう状態に陥るのを防ぎました。


「猊下の仰られる通り、極めて好戦的な赤竜を釘付けにした功績は大きいでしょう。ともすれば先走って南に攻め込んできたやも知れませんでしたから」

「そうであろう。ならば我が国には海沿いの領土を……」


「ですがそれが何です? 使者を送れば万一貴国に赤竜が攻めてきた場合でも、ヴァスキーダロワ殿を始めとする黒竜が対処するというのが約定でした。

 ヘイムズオルド帝国陥落には何一つ役に立っておりません。恩を売った気になられては困ります」


 実際に山脈を越え、ヘイムズオルド王家を滅亡させ、各地の領主を降伏させたのは全て我がコートワール帝国に属する者たちです。


 加えてノエル以下白竜たちは、兄上さまをこの地に送り届けたり、二国の船を曳航えいこうしたりといった明確な功績があります。


「貴国らが安全に上陸出来たのも、我が国のワイバーン騎兵隊があの地の領主に無条件降伏を飲ませていたからです。

 今回の領土の一部割譲は、金と人材を出して頂く代償に過ぎませんので勘違いなさらないように。いらなければ帰って頂いて構いませんよ」

「「なっ!」」


「しかしまあ、我らとて鬼ではありません。街道の整備に尽力して頂けるなら、特権商人制度を設けましょう」

「「特権商人制度?」」


「特別な鑑札を下賜かしされた商人は、我が国領土を無税で通行出来るということです」

「ほう」

「なるほど」


「もちろん免除されるのは通行税のみです。商売したならその分は課税します。商材を通過させるだけなら税は不要、ということです」

「規模は問わないのか?」


「仮に千人の商隊が通過しても構いません。ただし、我が国の領内では全員武装を解除して頂きます。例外は認めません」

「それで盗賊の被害に遭ったらなんとされる?」


「海に抜ける街道は白竜たちとワイバーン騎兵隊で常に監視しますのでご安心を」

「つまりは密輸や違法商人も監視される、というわけですな?」


「何を想定されているのかはあえて伺いませんが、猊下の仰る通りです。それと貴国らの本国から奴隷を連れてくるのは構いませんが、こちらから奴隷の輸出は禁止致します」

「人材の流出はさせない、ということか」


「いえ、単に民が虐げられるのを防ぎたいだけですよ、アントデビス陛下」


 他に、ミレネー王国を含めた三国が我が国に税を納める必要はないこと。代わりに国同士をまたぐ街道の整備など、公共事業に関しては改めて定める割合で互いに出資する取り決めがなされました。


「ベルトローム陛下はこの条件でよろしいですか?」

「構いません。領土に関してはむしろ頂きすぎではないかと恐縮しております」


「何を仰られる。貴国の白竜、ノエルが我が国にもたらしてくれた情報のお陰で事が成ったと言っても過言ではないほどですよ」

「ありがとうございます」


 これで我が国を含めた四国間の大筋の協議は終わりです。後は今後ノース帝国の政務を司る者たちで、細かいことを決めていくことになるでしょう。


 私とダロワ殿は用意された客間に戻るため、早々に会議室を退出するのでした。

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