第九話 帝王暗殺

「貴様ら、何者だ!? 城兵! 城兵はどうした!?」


 ヘイムズオルド帝国本城、モーゼル城の玉座の間です。


 城外には数騎のワイバーン騎兵を待機させ、城壁周辺に民衆を集める一助となるようめいを下しました。それから私とスコット兄上さま、人の姿になったダロワ殿とノエルの四人で城に入り、帝王グロヘイズ・モーゼル・ヘイムズオルドと対面したところです。


 他の黒竜とワイバーン騎兵隊はすでにベッケンハイム帝国とモートハム聖教皇国への伝令と、各地の領主への無条件降伏勧告に向かっております。


 二国への伝令が到着する頃には、グロヘイズはダロワ殿によって滅ぼされていることでしょう。


 私たちの入城を阻止しようとした城兵たちですが、ダロワ殿が一掃しようとしたのを私が止めました。彼らはまさかダロワ殿が黒竜だと知るわけがありませんし、家族だっているかも知れません。


 まして今回は単に巻き込まれただけに過ぎず、命を奪うのはあまりにも忍びなかったからです。ということで、城兵は竜の威圧で気絶させるようお願いしました。


「オ前ガコノ国ノ王、グロヘイズダナ?」


「貴様、を呼び捨てにするとは無礼な! そこへ直れ! 余が直々に首をねてくれる!」

「ホウ、ヤッテミルガヨイ」


「ダロワ殿?」


 驚きました。有無を言わせず消し炭にするのかと思っておりましたら、恐怖と絶望を与えてからだと念話が飛んできたのです。


「コレデヨイカ?」


 ダロワ殿が片膝を付き、首を差し出すように頭を下げます。それを見た帝王は、ゆっくりと彼に近づきながら剣を抜きました。


「ふん! なかなか殊勝しゅしょうな振る舞いである。せめてもの情けだ。一太刀で終わらせてやろうではないか」


 言いながら剣を上段に振り上げ、刀身がダロワ殿の首に振り下ろされました。刹那――


 ガキンッ!


 鈍い金属音と共に剣が弾き飛ばされ、帝王は唖然として自分の両手を見つめておりました。それだけ力一杯振り下ろしたのでしょう。衝撃はかなりのものだったと思われます。


「なん……だと……?」

われハ黒竜族ノ長、ヴァスキーダロワデアル。人間ノ王ヨ、我ニ刃ヲ向ケタ罪、命ヲモッテ償ウガヨイ」


 ダロワ殿は立ち上がるとグロヘイズの首を掴み、片手で高く持ち上げました。首吊り状態にされた帝王は手足をばたつかせて抵抗を試みておりますが、その表情には段々と恐怖の色が滲み出てきます。


「ぐ……ぐる……はな……」

「フンッ!」


 ところが突然、彼は掴んだ首を離しました。帝王は床に崩れ落ちて苦しそうな呼吸を繰り返しています。そこに悲鳴ともとれる、女性の悲痛な叫びが響き渡りました。


「あなたっ!」

「「「お父様!」」」


 帝王に駆け寄っていったのは、一人の中年女性と三人の若い娘たちです。四人とも身なりが豪華ですので、きさきと王女たちでしょう。


 四人はダロワ殿を睨みつけ、その手に短剣を握りしめております。


 いけません。私がそう思った時にはすでに手遅れでした。彼が人間から向けられた敵意を許すことはないのです。


「死ニ目ニ言葉ヲ交ワス時間ヲヤロウト思ッタガ、我ノ情ケニ刃ヲ向ケルカ」

「お父様を殺させはしません!」


「母上! ミナ! ユウ! サキ!」

「無礼者! 貴様、父上に何をした!!」


 今度はやはり身なりの豪華な若い男性が二人現れました。王子と見て間違いなさそうです。彼らは最初から剣を抜いており、凄まじい殺気をダロワ殿に向けておりました。


 ノエルから聞いていた帝王の家族は妻と二人の王子、それに三人の王女です。これでヘイムズオルド王家の者が揃ったことになります。


 帝王グロヘイズ本人以外は生かして捕らえる予定でしたが、こうなってはどうしようもありません。ダロワ殿を黒竜だと知ろうと知るまいと、殺意を持った時点で逆に殺されても仕方がないからです。


 命令で動いた城兵とはわけが違います。


「ええい! 母上たちから離れろ!」

「名乗リモセヌトハ無粋ナ」


 ダロワ殿は斬りかかってきた彼の剣があと一歩に迫ったところで、横薙ぎに腕を振りました。その瞬間、王子の体が胸のところから上下に両断され間もなく絶命したのです。


「よ、ヨハネス!?」

「「「お兄様っ!?」」」


「おのれぇっ! おのれおのれおのれぇっ!!」


 もう一人の王子が怒りに我を忘れてダロワ殿に突進しましたが、結果は同じでした。彼もまた身を裂かれて命を落としたのです。


 その後は后、王女たちが短剣を振るい、いずれも胸をダロワ殿の手刀で貫かれ、苦悶に顔を歪めながらついには屍と化しておりました。


 残すは恐怖と絶望で血の気を失ったグロヘイズ帝王ただ一人です。


「貴様、よくも……!」

「欲ニ目ガ眩ンダ人間ノ王ヨ。敵ワヌ相手ニ挑モウトシタ己ノ愚カサヲ後悔スルガヨイ」


 言うとダロワ殿は帝王の胸を踏みつけ、そのまま踏み潰してしまいました。そして弾き飛ばされていた帝王の剣をその手に取ると、なんと首を刎ねてしまったのです。


「シャネリアノ兄、ノエルノ夫トナル者ヨ」

「は……はい?」


「ナニヲ呆ケテオル。王討伐の名乗リヲ上ゲヌカ」


 言われて我に返ったスコット兄上さまは、ダロワ殿から帝王の首を受け取ると、髪を掴んでバルコニーに向かいます。城壁の周りには、予定通り民衆が集まっておりました。


 バルコニーに出た兄上さまを、固唾を飲んで見守る民衆。その刹那、兄上さまは帝王の首を高々と掲げたのです。


「我が名は南のコートワール帝国第三皇子スコット・ティガー・コートワール! 見よ! 悪しきヘイムズオルド帝国帝王、グロヘイズ・モーゼル・ヘイムズオルドはたった今討ち取られた! 圧政の世は終わったのだ!」


「…………」

「…………」

「おぉ……」

「「「「「うぉぉぉぉっ!」」」」」


 状況把握に一瞬の間が必要だったようですが、この大歓声ですから帝王はよほど国民から嫌われていたのでしょう。


 それから意識を取り戻した城兵たちに帝王の死を告げ、身の振り方を決めるよう命じました。もちろん彼らにはダロワ殿が黒竜であること、ノエルが白竜であることを伝え、かつての主君の仇討ちが無意味であることを知らせた上でです。


 スコット兄上さまは、今後帝国を治める自分に忠誠を誓うなら、このまま城兵として雇い続けると約束されました。そのお言葉を聞いた多くの兵が残ることになりましたが、城を去った者もおります。


 こうしてヘイムズオルド帝国の歴史に終止符が打たれたのです。


 その数日後、アントデビス皇帝陛下とクリニシカン教皇猊下げいかが、それぞれ兵や官僚を引き連れてモーゼル城を訪れ、今後のことが話し合われるのでした。

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