第八話 空戦

 ベッケンハイム帝国とモートハム聖教皇国からの兵士を含む一団は、すでに白竜族の結界と曳航えいこうで海からヘイムズオルド帝国へ向かっておりました。


 山脈の向こう側に乗り込むのはそれぞれ約千人の集団。その中にはアントデビス皇帝陛下とクリニシカン教皇猊下げいかも加わっておいでです。彼らはダロワ殿が帝王グロヘイズを亡き者としたとのしらせを合図に、上陸を開始する手筈てはずとなっておりました。


 私とダロワ殿、スコット兄上さまとノエルはヒョムラピオ山を越えて、一足先に帝王の居城へ向かいます。その背後には他の黒竜九騎と三百騎のワイバーン騎兵隊も、結界で完全に姿を消して続いておりました。


 黒竜たちは赤竜の急襲への備え、ワイバーン騎兵隊はヘイムズオルド帝国の各領主たちに無条件降伏を勧告するためです。

 ただ、聖女である私と共にあるダロワ殿を赤竜が攻撃する可能性は、ゼロではないにしても考えにくいとのことでした。


 ところがカラクマラヤ山脈を越えてヒョムラピオ山のふもとに下降したところで、レシリードロスを始めとする赤竜の出迎えを受けたのです。


『五十か。聞いていたより多いな』

「大丈夫なのですか?」

『問題ない』


「おお! セイジョサマではありませんか! コクリュウのオサドノはいいとして、ハクリュウのジョウオウまでニンゲンをノせておられる。ホカにもコモノがオオゼイカクれているようですがナニゴトですか?」


 レシリードロスの口調はおどけておりましたが、そこには敵意が籠もっているように感じられました。


『自分たちの縄張りを侵されたということだろう。奴らはワイバーンの気配は感じられるが、仲間たちの存在には気づけまい』

「ダロワ殿とノエルだけだと思っているということですか?」


『だからあの数なのだ。すぐに立ち去ればよし。立ち去らなければ総攻撃を仕掛けるということだろう』

「私がいても?」


『お前はわれが結界で死守すると踏んでいるのだ。最悪この結界が切れても奴らが張れる』


「あんなのに守られるなんて嫌ですわ! ダロワ殿、信じておりますわよ!」

『任せておけ』

『『『『『俺たちもいるんだぜ!』』』』』

『『『『心配しなくていいよ』』』』


 そうでした。私にはこんなにも頼もしい友がいるのです。


「レシリードロスヨ、我ハコノ国ノ王ニ用ガアル」


「あれ? もうこちらのナカマになられたのですか? キいてないんだけどなあ」

「モートハムノ領土割譲カラ先ノコトカ?」


「そうです。こんなにハヤいとはオモわなかったもので。あれ? でもそれならどうしてハクリュウのジョウオウがイッショにいるんです?」

「我ラハ貴様タチノ仲間ニナッタワケデハナイ」


「え? だけどモー……ハムとかいうクニのナカマになったんですよね? モトいたチイさなクニからハナれて」


「我ノイル国ガ小サイト申スカ?」

「そうキいてましたけど」


 ノエルが言っていた通り、コートワールが帝国となった情報はあちらには届いていないようですわね。


「我ハコノ国ノ王ヲ殺スタメニ来タノダ。黙ッテ通スガヨイ」


「おや、いくらコクリュウのオサドノのおコトバでもキきズてなりませんね。ワタシたちのナワバりでスきカッテさせるわけにはいきません」

「デハドウスル?」

「ワレワレがおアイテします!」


 次の瞬間、五十もの赤竜が一斉に火のたまを吐きました。それらはまっすぐにダロワ殿とノエルに向かってきます。


 その時でした。まるで万華鏡を覗いたような模様の光がいくつも現れて、私たちの前に広がったのです。一つの直径は巨大なダロワ殿の二倍はあるでしょうか。火の弾は模様に当たると、音もなく吸い込まれるように消えてしまいました。


 レシリードロスが目を見開いて驚いています。その視線の先を追って後ろを振り返ると、黒竜九騎と三百のワイバーン騎兵隊が結界を解いて姿を現しておりました。


「なっ!! なぜコクリュウが……!?」

「愚カ者! 我ラニ盾突イタ報イダ。死ヲモッテ償ウガヨイ!」


 ダロワ殿がそう叫んだ直後、目の前の光たちがゆっくりと回転を始め、次第にスピードを増しながら、次々と限りなく白に近い青い火の弾を放ちました。それは先ほど赤竜が吐いた火の弾の、何倍もの速度で彼らに襲いかかっていきます。


「マてっ! マってくれっ! セイジョサマ、おタスけをーっ!」

「無駄ダ」


「そう、無駄ですわ。貴方たちはこれまで罪のない人々を焼き殺していたのでしょう? でしたら助けはその方たちに求めなさい」


「そんな! ウギャァッ!」

「ギャーッ!」

「グワーッ!」


 最前のレシリードロスは慌てて命乞いをしてきましたが、ダロワ殿が許すとでも思っているのでしょうか。彼は真っ先に青白い弾を何発もその身に受け、一瞬で原型を失っておりました。


 もちろん、他の赤竜も例外ではありません。頭を貫かれて墜落する者、腹に穴を開けられて苦しむ者、半身が削ぎ落とされる者など、彼らには逃れる術はなかったのです。


 そしてダロワ殿は、無残な姿になって落ちていく死体に向け、それらを灰燼かいじんすブレスを放っておられました。


 赤竜とはいえ、その鱗もまた人間にとっては貴重な宝となり得るので、モントールのような愚かな商人を増やさないためとのことです。



 それから間もなくして、空は静けさを取り戻しておりました。



「これで赤竜は絶滅ですか?」


「イヤ、ワズカダガ幼竜ハ残ッテイル」

「幼竜……グノワと同じような?」


「モット幼イ。アレラガ飛ベルヨウニナルノハ何百年カ先ニナルダロウ」

「そうですか」

「絶滅サセルカ?」


「人々に害をもたらすのならと言いたいところですが、彼らがそうならないように教育は出来ませんの?」

「私たちが面倒を見ましょう」


 ノエルがすっと横に並んで言いました。その背のスコット兄上さまも頷いておいでです。


「ノエルから聞いたが、幼竜は自分より強い竜族の成竜の言うことは聞くそうだ」

「そうでしたの」


 どんな種族であろうと命は神が創りしもの。それを絶滅させるのは大いなる意思に反する気がしてならなかったのです。ですがノエルとスコット兄上さまのお言葉を聞いて安心致しました。


 ところで赤竜との空戦は地上からも見えていたようで、視界に入る街や村の人々が大騒ぎしています。ただ、白竜のノエルがこちら側にいるお陰で、逃げ惑うというよりもどことなく歓迎されているような雰囲気が漂っておりました。


 これまで赤竜に虐げられていたせいでもあるのでしょう。あの中にはきっと、大切な誰かを殺された者もいるはずですから。


「デハ参ルカ」

「はい、参りましょう」

「参ろう」

「ええ、参ります」


 私たちは再び結界に包まれ、ヘイムズオルド帝国の本城モーゼル城へと向かうのでした。

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