第七話 竜の鱗

「シャネリア皇女殿下、お初にお目にかかります。私は行商人のモントール……」


「モントール殿、私はここでは帝国の肩書きは用いませんの。それとも貴方は帝国皇女としての私に用がお有りなのですか?」

「これは失礼致しました、ご領主様」


「私に見せたい貴重な商品をお持ちと伺いましたが」


「その前に、そちらの方は護衛の騎士様でしょうか?」

「それが何か?」


「出来ればお人払いをお願いしたいのですが」


「この部屋に、初対面の貴方と二人きりになれと言うのですか?」

「それほどに貴重な品でして……」


「ローランド、おりますか?」

「はい、こちらに」


 私の呼びかけに、すぐに扉を開いてローランドが入ってきました。


「お客様がお帰りです。門の外まで丁重にお送りして下さい」

「は? ま、待って下さい! 私に帰れと?」


『待て、この者を帰してはならん』


 ダロワ殿の念話です。どうしたと言うのでしょう。

『商品というのを出させてみよ』


「モントール殿、では今すぐに商品を見せてみなさい」

「で、ですからお人払いを……」


「命令です。お出しなさい!」


 強めに発した言葉で逆らってはならないと理解したようです。彼は渋々持っていたバッグから人の顔の大きさほどある、丸みを帯びた黒い物を取り出しました。


「これは?」

「鱗ですよ。それも黒竜の」


「黒竜の鱗ですって!?」

「本物ですよ。手を取ってご覧下さい」


 言われるままに私はそれを受け取り、そしてダロワ殿を見つめました。


「いかがです? 鋼の剣で斬りつけても傷一つつきません」

「貴方はこれをどこで手に入れたのですか?」


「申し訳ありませんがそれは商売上の秘密です。ご領主様でも、たとえ皇女殿下のご命令とあってもお教えすることは出来ません」



 ここからは私とダロワ殿の念話です。


『確かに本物だ。ヴィンスキーグノワの鱗だな』

「グノワの!?」


『入手元はコートワールの森だ。我らが初めて出会ったあの時の物だろう』


「では十一年前、雷に撃たれた時の……?」

『そう見て間違いない』

「なるほど」


 念話は終わりです。



「どうやら確かに黒竜の鱗のようですわね」


「おお! お分かりになられますか! さすがは黒竜が住まう国と言われる帝国です。これと同じ物があと十数枚あるのですが、いくらの値を付けていただけますでしょう?」


「その前にモントール殿、貴方はコートワール家の所有地にある森に入られましたわね?」

「へ? あ、いや……」


「あの森は現在、父であるライオネル皇帝陛下の許しがなければ入れません。そしてこの十年余り、森に入る許可は出されておりませんの。何故ならあそこには黒竜たちが休んでおられますから」

「ま、まさかそんな……」


「元来黒竜は人間には無関心ですから、鱗を盗む程度なら見逃されたということでしょう。ですが彼らに聞けば貴方が森に入ったかどうかなどすぐに分かりますのよ」

「……」


「通常でしたら不法侵入は労役十年以下の刑ですが、我がコートワール家の所有地となると話は変わってきます。君主に対する反逆罪が適用され死罪となるのです」

「いえ、そ、そんな不法侵入なんて……」


「お黙りなさい! 行商人は領地の繁栄に貢献頂けると考えてお会いしましたが、貴方を反逆罪で捕らえます! ローランド!」

「はっ!」

「ま、待て、待ってくれ!」


 取り押さえようとしたのが初老の家令スチュワードと見て侮ったのか、無謀にも彼はローランドに掴みかかりました。ですが相手は近衛隊長と互角に渡り合う豪傑です。一瞬で腕を捻じ上げられ、床に這いつくばされておりました。


「この者はひとまず地下牢へ」

「かしこまりました。立て!」


「待ってくれ! あそこがそんなところだなんて知らなかったんだ!」

「知らなかったで済まされるほど、皇帝陛下は甘くはありません!」


 死罪は確定でしたが、このままダロワ殿にヒョムラピオ山まで捨てに行って頂くわけにもいきませんでしたので、手順通り父上さまに裁定のお伺いを立てることにしました。


 そして数日後に届いた文には、反逆罪により行商人モントールは死罪と書かれており、処刑のためにお城から執行官を遣わせるとのことでした。


 ここまでは想定内だったのですが、実は文がもう一通あったのです。そこにはこう書かれておりました。


 ――北に日が昇る。黒蝶くろちょうと城に来られたし――


 暗号のような内容ですが、北への侵攻は最重要機密ですから仕方ありません。日が昇るとは、あちらに連れていく者たちの選定が済んだということでしょう。黒蝶はもちろんダロワ殿を始めとする黒竜たちのことを指します。


 万が一の赤竜の反撃に備えて、今回グノワを除く十騎の黒竜があちらに向かうことになっていたのです。


『愚かにも我らに牙を剥いた人間だ。存分に後悔させてやろう』


 ローランドに不在中の領政一切を任せ、間もなく私とダロワ殿はお城に向かうのでした。

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