第六話 行商人

「ローランド、急ぎ屋根裏部屋を整えて頂けますか?」


 昨日のことです。娼館に売られる直前だったため、肩や脚を露出したかなり扇情的な服を纏った少女を連れ帰った私に、ローランドはほんの一瞬も表情を変えることはありませんでした。


 メイドや下働きの者たちは動揺を隠しきれませんでしたのに、さすがはベテランの家令スチュワードですわね。


「かしこまりました」


「明日にはあと五人、子供たちが連れてこられます。彼らも屋根裏部屋に住まわせますので、そのように皆に周知して下さい」

「仰せの通りに」


「ミーヨさん、彼はこの邸の責任者でローランド・オルグス殿です。何かあったら彼か、間もなくやって来るメイド長のサンドラに相談するといいでしょう」


「はい……あの……」

「どうしました?」


「申し訳ありません。まだ信じられなくて……」


「辛い思いをさせたのは我が国の落ち度です。私は立場上、貴女たちに頭を下げることは出来ません。ですが犯罪にまで手を染めなければならないほど追い詰めてしまったこと、心よりお詫び致します」

「そんな! 皇女殿下が悪いわけでは!」


「ミーヨ、邸の中ではお嬢様のことはご主人様とお呼びしなさい」

「は、はい!」


 そして翌日の夕方近くになって、ビルたち五人の少年がイーソンさんとジミルさんの二人に付き添われてやってきました。お昼には来るかと思っていたのですが、どうやら彼らに入浴させていたようです。


 身なりもそれなりに整っているのは、昨日の薄汚れた姿のままで連れてくるわけにはいかないと考えたからでしょう。


 早速ミーヨさんを呼んで対面させると、彼らは泣きながら抱き合って再会を喜んでおりました。


「イーソン殿、ジミルさん、ご苦労さまでした」

「「はっ!」」


「彼らに着る物を買い与えて下さったのですね?」

「ああ、それでしたらジミルですよ、殿下」

「そう。ではこれを」


 傍らのダロワ殿から金貨を一枚受け取り、それをジミルさんに手渡しました。


「こ、皇女殿下?」


「遠慮なさらずに。この子たちに使った分を差し引いて、余ったら詰め所の方たちとお酒でも飲んで下さって構いません」

「分かりました。ではありがたく」


「それと約束通り、昨日の私に対する態度や言動は不問と致します」

「あ、ありがとうございます!」


 ジミルさんはほっと胸をなで下ろすと、任務があるからとイーソンさんと共にサマルキアへ戻っていきました。


「さあ、ビル君たちは疲れたでしょう。積もる話もあるでしょうから、今日と明日はゆっくり休みなさい。ミーヨさんも」

「そんな! ビルたちは今来たところですけど、私は十分に休ませて頂きました。今からでも働かせて下さい!」


「ミーヨさん、いいえ、もう貴女は邸の使用人ですから、これからは呼び捨てにさせて頂きますわね。ビルたちも、よろしいかしら?」

「「「「「「はい!」」」」」」


「ところでミーヨ」

「はい」


「まだ慣れないから仕方ありませんが、特に許された時や、命に関わるような大事でもなければ私の言葉を否定してはなりません。もし私が間違ったことを口にしたと感じたら、ローランドかサンドラに伝えなさい」

「は、はい。申し訳ありません」


「すぐにあなたたちに貴族の相手をさせるようなことはないでしょう。ですがもし意図せず声をかけられたらその場で何とかしようとせずに一言、少々お待ち下さいと言って近くの者に相談するようにして下さい。

 ああ、でもこの方、ダロワ殿はダメですよ」


「え?」


『解せぬ。何故だ?』

「気に入らなければすぐ消し炭になさろうとするからです」

『ならばヒョムラピオに捨て……』

「ダメです!」

 もちろんこれは念話での会話です。


「ダロワ殿はあまり貴族の扱いに慣れておりませんの。彼以外の者なら問題ありません」


 この他いくつかの注意事項を伝えて、後をローランドとサンドラに任せました。


 それはそうと彼らの年齢ですが、一番年長のミーヨが十五歳で成人したばかり。次がビルの十二歳で、残りの四人は全員十歳とのことでした。


 ミーヨは過去に安宿で給仕の仕事をしたことがあり、本人も希望しましたのでそのままメイド職に就かせることに致しました。


 ビルたちは領主軍の兵舎で雑用係として働いてもらいます。男所帯で荒れ放題ということでしたので、きっと兵士たちにも喜ばれることでしょう。


 それにしても子供とはいえ男の子ですわね。兵士が訓練する様子を見て、自分たちもそれに参加したいなんて言い出したそうです。私は彼らが仕事を終えて、夕食までの二時間ほどなら構わないと許可しました。


 まずは基礎体力からということでみっちり走らされ、夕食時にはヘトヘトになっていたそうです。それでも表情は生き生きとしていたと報告を受け、嬉しい気持ちにさせて頂きました。


 夕食後のお勉強は、もう少し仕事に慣れてからで構わないでしょう。


 それから数日後のこと、モントールと名乗る行商人が、領主に会いたいと訪ねてきているとのことでした。このような場合、通常はローランドか他の執事バトラーが相手をするのですが、行商人は私に会わせろとの一点張りだそうなのです。


「誰にでも見せられるような物ではない、大変に貴重な商品をお嬢様に見せたいのだとか」


「無礼と言いたいところですが、行商人は領地の繁栄に貢献して下さいますから無下にも出来ないでしょう。応接室にお通ししておいて下さい」

「かしこまりました。護衛はいかがなさいますか?」


「いつも通りダロワ殿にお願いします。ダロワ殿、よろしいですか?」

「無論ダ」


 こうして私はダロワ殿と共に、モントールの待つ応接室に向かうのでした。

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