第二話 白竜との友誼

「シャネリア、少しよろしいですか?」


 私がダロワ殿と共に会議室を出たところでノエルに声をかけられました。兄上さまは一緒ではないようです。


「シャネリアはヴァスキーダロワ様と魂を繋げているのですよね?」

「え? 魂を……何ですか?」


「友誼ノコトダ」

「はあ……」


「それで、私ともいかがですか?」


「ノエルと友誼を? もちろん構いませんけど……瞳に口づけすればよろしいですか? でしたら竜の姿に戻って頂きませんと……」

「はい? そんなことをしなくても、額を合わせるだけで十分ですよ」


 驚きの事実の発覚ですわね。私がダロワ殿の方を見ると、彼はふいっと顔を逸らしてしまいました。


 実はこれまで友誼が薄れるといけないということで、何度も彼に瞳への口づけをせがまれていたのです。もしかして、いえ、もしかしなくても私は担がれていたようです。


「ダロワ殿、後でゆっくりお話を聞かせて頂きますわよ」

「知ラン!」


「もう! ノエル、額をくっつければよろしいのですね?」

「はい! ぜひお願いします!」


 両手を握り合い、口づけすれすれになったのは少し恥ずかしかったのですが、額が合わさった瞬間、ダロワ殿と友誼を交わした時と同じように白竜たちの意識が飛び込んできました。


『『『『『聖女様の魂!』』』』』

『『『『なんと美しい!』』』』

『『『『これは心地よい』』』』


『シャネリア、これで離れていても貴女とは言葉が交わせます』

「ええ。私も嬉しいです」


『実はスコットの案なのですよ。貴女が本国に帰ってしまってからでも、近況を報告し合いたいと言われたのです』

「ではスコット兄上さまもノエルと?」


『私たちは愛し合っておりますから』

「あら、ごちそうさまですわ」


 言った本人が頬を染めています。そう言えばダロワ殿の私への望みが瞳に口づけなのですから、竜族にも可愛いところがあるのですね。


「ところで兄上さまはお城の建て替えはされませんの?」


『中央のベッケンハイム領とモートハム領の間の直轄領に新築されるつもりのようですよ』

「そうなのですね」


『あの地は大陸北側のほぼ中心に位置します。新城建築には最適でしょう』


「だとするとこのお城は取り壊すのかしら」

『改造して博物館にすると言ってました』


 旧ジルキスタン王国王城と同じ扱いにされますのね。王家の宝物の展示は民衆の楽しみでもありますから、入館料などでそれなりに稼げることでしょう。


『それはそうと、シャネリアとヴァスキーダロワ様はいつまでこちらに?』

「領のことをローランド、家令スチュワードに任せたままなので、あと一日か二日で帰ろうかと思っておりますわ」


『そんな急に? でもそうですよね。シャネリアには領主の仕事もありますものね』

「落ち着いた頃にまた会いに来ますわ。ノエルも気軽に遊びにいらして」

『ぜひそうさせて頂きます』


 それから客間に戻った私とダロワ殿は、元はヘイムズオルド家に仕えていたメイドの淹れた紅茶を楽しみながら寛ぐことにしました。


 彼女の名はミクル、十九歳で独身とのことです。


「貴女も残った城兵たち同様、兄上さまに忠誠を誓って下さったのですね?」

「えっ!? は、はい!」


「そんなに固くならないで。王家にはよくしてもらっていたのかしら?」

「はい……いえ、その……」


「大丈夫よ。もう彼らはいないのだから。死人の悪口は言うものではないけど、待遇がどうだったのか教えて下さらない?」


 努めて明るく微笑みながら言うと、彼女は吐き出すようにこれまでのことを語り始めました。


 まず彼女たちを含めた使用人たちは、日の出から日の入りまで休みなく働かされていたそうです。また、城門の外に出ることは固く禁じられ、親の死に目にも会いに行かせてもらえなかった者がいたのだとか。


 食事は朝と夕の二回のみ。そのため激務に耐えられず倒れてしまう者も少なくなかったとのこと。


 さらに驚いたことに、女性は来客の望みに応じて夜の奉仕までさせられていたのだと言います。幸い彼女は容姿が優れているわけではなかったので、呼ばれたことはないそうですが。


「拒めば犯罪者の牢に放り込まれ、死ぬまで彼らに犯され続けるのです」

「そんな……!」


「お城から逃げようとしても同じです」

「それなのにどうしてここで働こうと思ったのですか?」


「誰も自分からこんなところに来ません。私も含めていきなり捕まって連れてこられた者ばかりです」


 女狩り、そう呼ばれる行為が定期的に行われていたようです。犯人はほとんどが城兵で、兄上さまへの忠誠を拒んで出ていった者たちでした。


 彼らに犯されて、舌を噛んで死んだ女性も少なくなさそうです。なんと酷たらしいことでしょう。


 そんな彼らには、捕らえた女性の人数や容姿によって報酬が与えられていたのです。許せませんわね。


 男性の使用人は罰せられるのを恐れて、誰も助けてくれなかったそうです。


「貴女が無事で何よりでした。安心して下さい。スコット兄上さまはそのような非道はなさいません」

「はい。先のお話で私たちの待遇を真っ先に改善して下さると仰せでした」


「近日中に皆さんには帰宅許可が出されるはずです。そのまま戻らなくてもとがめられることはありませんが、ミクルさん、よろしければ戻ってきて兄上さまの力になって下さいね」


「そんな! 私などにもったいない! 私には身寄りらしい身寄りもおりませんので、きっとお役に立たせて頂きます!」


 決意に満ちたよい表情で応えてから、彼女は一礼して部屋を後にするのでした。

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