第四話 思い出

 私たちが連れてこられた警備兵の詰め所はお城の近くの本部とは違い、街中に建てられた幅約六メートル、奥行き約四メートルほどの平屋建ての建物でした。


 厳密な取り調べは本部で行われるはずですが、現行犯と明らかな犯罪者はここで尋問されることもあります。


「このバカが!! あれほどもうやるなと言っただろうが!!」

「ごめんなさい! 痛いっ! もうしません! 許して下さい! ぎゃっ!」


 尋問と拷問は違います。ところがジミルさんは、先ほど捕らえた少年に殴る蹴るの暴行を加えていました。


「おやめなさい! 相手は子供ではないですか!」


「けっ! お嬢さんは知らねえだろうけどよ、コイツは初めてじゃねえんだ。いいから口出すんじゃねえ!」

「見てて辛いのは分かりますがな、あれは仕方のないことなんですよ」


「ですがまだ年端のいかない子供ですよ! 更生の道だって……」


「新たな帝国の法では、金貨一枚以内の一度目の盗みは説教と教会での奉仕活動一カ月。二度目は犯罪奴隷として一年の労役で、三度目はそれが十年。四度目は死罪だってことは知ってるか?」


 私は人を殺めたわけではないのに、四度目で死罪というのは重すぎると思っておりました。それに対し父上さまのお考えは、被害者が路頭に迷って命を落とすこともあるからというものだったのです。


 そのため、労役で罪を償えるのは三度まで。四度目はないとのことでした。


「存じております」


「では一度に盗んだのが金貨一枚より多かった場合はご存じかな?」

「三度分と同じ罪だったはず」


「この子が貧しいのは我々も分かっているのです。だからこれまで三度、説教のみで終わらせてきました。その度にああして謝っては盗みを繰り返す。

 それでも更生の道はあると言えますか?」


 ジミルさんも最初からあの子に暴力を振るっていたわけではないそうです。さらに本部に報告したのは前回が最初だったとのこと。


 先の二回はジミルさんが被害額に自腹で上乗せして弁償。被害者を説得して告発を思いとどまらせたと言うのです。


「そして今回、彼が盗んだバッグの中には金貨が三枚入っていた。ムイミさん……被害者のご婦人は彼を許すつもりはないと言われている。引ったくられた時に軽症ですが怪我も負わされておりますから、我々にもどうにもなりません」

「では……!?」


「あの子は死罪です。帝国の法に年齢の区別はありませんからな」

「だからと言ってあのように殴ったりなさらなくても」


「ジミルはね、賭けているんですよ」

「賭けている? 何にです?」


「皇族の慈悲にです」

「え?」


 痛めつけられてボロボロになった少年を見れば、私に限らず父上さまや兄上さまたちが同情しないわけはありません。


 ですがだからと言って法を曲げれば、国としての秩序が保たれなくなります。


「彼の父親と兄は連合軍に参加しておりました」

 連合軍とは、全滅したジルギスタン・連合王国軍のことを指します。


「でしたらジルギ村に移住させるべきだったのではありませんか? この地の警備兵ならそのくらいご存じですわよね?」

「もちろん知ってます」

「ならば何故……?」


「彼はラカルトオヌフの住民ではありません」

「それはどういう……はっ!」


 ジルギ村に入村出来るのは旧ジルギスタン王国民のうち、サマルキア計画のために移転を余儀なくされた者たちのみです。


 我が帝国は従軍者の家族を、戦犯の一族として裁くことはしませんでした。そしてあの村は一見ではそう見えても、決して難民村ではないのです。


 つまり、計画に関係のない地域の難民は入村を許されません。際限なく彼らを受け入れていては、自給自足を原則とする村の運営が立ち行かなくなるからです。


「ここサマルキアは新興の街として発展を始めました。しかしあの戦争から一年以上が過ぎた今でも、弱い者の傷は癒えていないのです」

 イーソンさんはさらに続けました。


「帝国の発表を信じるなら、非がジルギスタン王国にあるのは間違いないでしょう。しかし本来なら難民となった国民に手を差し伸べるはずの国は滅ぼされてしまった。


 確かに帝国の政策により、以前よりずっと暮らしやすくなったのは事実です。ですがその傍らで、救いの手が届いていない者も大勢いる。


 そのことを皇帝陛下は分かっておいでなのでしょうか……」


 画竜点睛がりょうてんせいを欠く、といったところでしょうか。肝心なところに目が行き届いていなかったのですね。耳の痛い話です。


 私は改めて詰め所内を見回しました。現在ここにはイーソンさんとジミルさん、捕まった少年と被害者の女性、他には警備兵四人がいるだけです。


「ダロワ殿、魔法を解いて頂けますか?」

『我が嫁はぬるくて敵わん』


 何だか失礼なことを言われた気がしましたが、次の瞬間に私は邸内で愛用している、裾が広がったくるぶし丈のピンクのワンピース姿。ダロワ殿はいつもの既製品の騎士服姿に戻りました。もちろん顔もです。


 突然の出来事に、そこにいた者たちは息を呑んで固まってしまいました。少年などは目を見開き、口を大きく開けて驚いています。


「イーソン殿、この顔に見覚えはありませんか?」

「貴女は……ま、まさか貴女様は……!?」


「魔法で姿を変えておりました。コートワール帝国皇女、シャネリアと申します」


「こ、こここ、皇女殿下ぁっ!?」

「小僧! 控エヨ!」


 ダロワ殿が一喝すると、ジミルさんだけではなくその場にいた全員がひざまずいて頭を下げました。


「皆さん、立ってお顔を上げて下さい」


 私の言葉で、今度は皆がこちらに顔を向けます。あらあら、ジミルさんはひどく怯えているようですわね。


「さて、被害者のムイミさんだったかしら」

「は、はひっ!」


「お怪我をなさったそうですが、お加減いかがですか?」

「も、問題ございません!」


「そう、それはよかった。ところでムイミさん、私は今日、初めてこのサマルキアを訪れましたの」

「はあ……」


「とっても素敵な街だと思いませんか?」

「こ、皇女殿下のおっしゃる通りです!」


「なのに最初の思い出が咎人とがにんの裁きなんて悲しすぎると思うのですけど、貴女はどうかしら?」

「こ、皇女殿下の仰る通りです!」


「でしたらここは私のために、告発を思い留まって下さいませんこと? もちろん貴女には私の楽しい思い出作りに貢献頂いたということで、報償を差し上げますわよ。ダロワ殿」


 彼は黙って頷くと、懐から金貨十枚を取り出して渡して下さいました。


「さ、どうぞ、受け取って」

「は、はひぃぃっ!」


 ぶるぶる震えながら差し出された手に、私は金貨を乗せて握らせました。


「ありがとう。では用は済みましたわね。気をつけてお帰りなさい」

「はいぃっ!!」


 逃げるように走り去る彼女を見送ると、今度はボロボロで傷だらけになった少年に目を向けます。そこには細い体で目を伏せたまま、強く拳を握り締めて肩を震わせている姿があるのでした。

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