第三話 帝都サマルキア

 ダロワ殿がおかしいんです。


 私との婚約が決まってから妙に上機嫌で、執務の合間に時間が出来ると背に乗せて空のお散歩に連れていって下さったりします。今までは必要に駆られた時にお願いするだけだったのですが。


 グノワも含めた黒竜勢揃いで、夕陽に向かって飛んだ時は圧巻でした。


 ヒョムラピオ山の頂上に降り立ち、目の前に広がる壮大な雪景色には感動して涙がこぼれたほどです。もちろん、ダロワ殿の結界の中ですから寒さも息苦しさも感じません。


 そう言えばあのどこかに、邸に侵入しようとした賊が捨てられているのですわよね。雪に埋もれているでしょうから見当たりませんでしたけど、彼の遺体が発見される日はくるのでしょうか。


『今日は丸一日休みだったな』

「ええ」


『どこか行きたいところはあるか?』


「たまにはお忍びでサマルキアを散策、というのはいかがでしょう?」

『よかろう。旅人の装いで構わぬか?』


「お願い致しますわ」


 新コートワール帝国城は先月無事に落成式を終え、完成祝賀披露宴並びに父上さまの即位一周年記念パーティーが盛大に執り行われました。


 サマルキアとは、新たに帝都として定められた帝国城の城下街です。広さは旧ジルギスタン王国王都ラカルトオヌフの倍。ただ私の領主邸から近いところに建てられたため、お城はその中心にはありません。


 また、城壁には正門の他に領主邸との往来専用門が設けられ、約五百メートル程の道も石畳できれいに舗装されております。


 さらにこの道は両側を高い壁で挟まれており、皇族以外は特に許された者しか通ることが出来ません。当然のことながら警備も厳重で、百メートルごとに警備兵が二名立哨しており、中間点には彼らの詰め所もあるほどです。


 なお、道幅は大型の馬車がゆったりとすれ違える広さがありました。



 余談ですが、これまでのコートワール城は母上さまのご実家であるシーライト家に下げ渡されました。


 アマネリア・シーライト・コートワール。


 これが母上さまのお名前です。母上さまはシーライト侯爵家の長女で、美しい容姿はもとより高い学識も備え、社交界では羨望の眼差しを一身に集めていたそうです。


 もちろんそのお美しさは今も変わらないと、娘ながらに思っております。



『では行くとするか』

「はい。ローランド、後を頼みます」


「かしこまりました、お嬢様」


 領主邸から歩くこと数分でサマルキアに到着します。もっともこの辺りはお城も近いので、貴族の屋敷が建ち並ぶ高級住宅街と呼ばれる地域です。役所や軍の施設もありますので、最も安全な地域と言っても過言ではないでしょう。


 そこから街の中心部に進むにつれ、徐々にお店などが増えてきます。所々に警備兵が立っていたり数人で巡回している姿が見えますが、道行く人と笑顔で言葉を交わしている辺り、街は平和を保っていると考えてよさそうです。


「そこの二人、止まりなさい」

「私たちですか?」

「そうだ」


 旅行気分できょろきょろしていたので、巡回の警備兵に不審に思われたのかも知れません。帝都ということでダロワ殿はもちろん、私も彼の魔法で顔を変えておりましたから、まさか皇女とは気づかないでしょう。職質を受けても仕方ありませんわね。


 警備兵は二人、中年のガッチリした体格の方と若く背の高い痩身の方です。


「何かご用でしょうか」

「君たちはどこから来たのかね?」


「南のシャネリア領から参りました」

「シャネリア皇女殿下領だろう!」


「まあまあジミル、間違えているわけではないのだから」

「しかしイーソンさん!」


 どうやら若い方がジミルで、中年の穏やかな紳士に見える方がイーソンという名のようです。


「隣の領地から来たにしては旅人にしか見えんが、これからどこかへ行くのかな?」


「え? ええ、サマルキアを見物した後、マルール河を渡って旧公国へ。そちらに祖父が住んでおりますの」

「おります、の?」


「お、おります」


 ジミルさんは変なところに突っかかってきますわね。


「イーソンさん、やはりこの二人、怪しいですよ! 旅人の格好なのに貴族様のような言葉遣いですし!」

「酷いです! 私たちが何かしましたか?」


 貴族がお忍びで旅をしているとは思わないのでしょうか。


「あ、いや、お嬢さん。これも我々の仕事なものでね。済まないけどちょっと詰め所まで来てもらえないかな」

「何もしていないのに、どうして私たちが連れていかれなければならないのですか?」


「まだ何もしていない、だけじゃないのか?」

「小僧、言葉ニ気ヲツケロ!」


「こ、小僧だと!? 我々はコートワール帝国から信任を得たこの街の警備兵だ! その我々に向かって言葉に気をつけろとは何事か!」


「ジミル、落ち着きなさい! だが彼の言う通り、私たちはこの街を守るため、必要なら貴族様でも取り調べる権限を皇帝陛下より頂いているのです。

 大人しく来て頂けませんか? 手荒な真似はしたくありませんし、何も問題なければすぐに解放しますので」


 ジミルさんの威圧的な態度は別として、イーソンさんの言うことももっともですわね。彼らが不審者に目を光らせているからこそ、街の治安が維持されているのでしょう。


「分かりました。それでは……」

「キャーッ!! 泥棒っ!!」


 その時です。二人の後方から女性の悲鳴と、小さなバッグを小脇に抱えた見窄みすぼらしい姿の少年が走ってくるのが見えました。少年は十歳くらいでしょうか。おそらく女性のバッグを引ったくったと思われます。


 一目散にこちらに向かってきておりますが、背後を警戒しているせいでその先に警備兵がいるとは思っていないようです。


 ようやく彼がイーソンさんたちに気づいた時には、その頬にジミルさんの拳がめり込んでおりました。痩せ細った少年の体が宙を舞い、地面に叩きつけられた痛みでなかなか起き上がれそうにありません。


「ほら、立て!」

「何をしているのです!」


「見ての通り、引ったくりのガキを殴り飛ばしただけだ。コイツと一緒にお前らも詰め所に来い! 逆らったら女とて容赦はしないぞ!」


 私に敵意が向けられたことで、ダロワ殿の怒りが伝わってきました。いけません、あの少年が心配です。いざとなったら正体を明かして私が裁きますので今は抑えて下さい。

『承知した』


「ジミル! 言い過ぎだ! お嬢さんとそちらの方も、申し訳ないが緊急事態です。今はひとまず従って頂きますよ」


 こうして私たちは仕方なく、彼らについて警備兵の詰め所へ向かうのでした。

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