第二話 聖教皇国の陰謀

 ◆ヘイムズオルド帝国本城モーゼルの謁見の間◆


「お目通りのお許しを頂いたこと、心より感謝申し上げます。私はモートハム聖教皇国よりの使者、シュルツ・レイバンと申します」

「うむ。がヘイムズオルド帝国帝王、グロヘイズ・モーゼル・ヘイムズオルドである。シュルツ殿、面を上げられよ」


 シュルツと名乗った聖教皇国の使者は、両側から城兵に剣を向けられ帝王の前にひざまずいていた。



 彼が皇国を出航してからここに来るまでの道のりは、決して平坦ではなかった。


 カラクマラヤ山脈から吹き下ろす強風を避けるためには、船は大きく海上を迂回するしかない。何故ならこの風が、大陸北側への航海を妨げる大きな障壁だったからだ。


 また、遠洋の海域には海竜の縄張りがあるとされている。風に流されるなどしてうっかり彼らの縄張りを侵せば、たちまち餌食にされてしまうという言い伝えがあった。


 漁師たちの間ではまことしやかに語り継がれており、実際それが原因としか考えられない事故が少なくとも年に数回は起きている。故に、シュルツ一行がヘイムズオルド帝国に辿り着けたのは奇跡とも言えた。

 海竜が単なる言い伝えの域を出なかったとしても、遠洋航海は命がけだからである。


 そして彼が任務を終えた後、無事皇国に帰れるという保障もまたどこにもなかった。


「わざわざ山脈の向こう側から船で来られたこと、その労に免じて余の前に膝をつくことを許したが、つまらぬ用件であれば国元へは帰れぬと思えよ」


「無論にございます」

「うむ。ならば申せ」


「我が聖教皇国教皇、クリニシカン・セント・モートハム猊下げいかよりの書簡をお持ち致しました」

「出せ」


 シュルツは懐から書簡を取り出し、それを受け取った城兵が帝王の横に控えていた騎士に手渡す。帝王はすぐに書簡を開いて読み始めた。


 そして数分後――


「ほう。モートハム聖教を我が国の国教とする代わりに、領土の一部を割譲するとあるが?」


「はい。山脈からの北側、国土の約十分の一にございます」

「さらにこれか。こんなことが真に可能なのか?」


「我が皇国には強力な魔法部隊がおります。あのような弱小国家に後れを取ることはございません」


「うむ、面白い。だがどこで我が国が貴国に攻め入ろうとしていることを知った?」

「申し訳ございません。それについては聞かされておりませんので」


 そこで帝王が騎士とは反対側に立っていた宰相らしき男性に目を向けると、彼は黙って頷く仕草を見せた。


「シュルツ殿の言葉に嘘はないようだな。大義であった。客室を用意する故、今宵は従者共々この城でゆるりと過ごされるがよかろう」

「はっ! ありがたき幸せに存じます」


「帰りは赤竜に船をかせようではないか」

「えっ!?」


「案ずるな。奴らの張る結界で船を包めば山脈からの風も防げる。最短航路で帰国出来るぞ」

「よろしいのですか?」


「朗報をもたらした使者殿に万一のことがあってはならん故だ」

「身に余る光栄にございます!」


「うむ。明日までに書簡を用意しておく。帰られたらモートハムきょうに伝えるがよい。我が友、とな」

「ははっ!」


 帝王に最敬礼で腰を折ると、すでに彼に向けられていた城兵の剣は鞘に収められており、来た時とは打って変わって丁重な案内を受け謁見の間を後にした。

 帝王は彼が謁見の間から去ったことを確認してから、続けて赤竜のレシリードロスを呼びつける。


「レシリードロスよ、宗教国家への侵攻は中止だ」

「は?」


「使者が参ってな。領土の割譲と我らに歯向かう意思のないことを告げてきた」

「おマちクダさい! それではワレらのタノしみはどうなるのですか!?」


「案ずるな。少々先延ばしにはなるが、宗教国家が約定を違えなければ南で好きに暴れさせてやる」


「しかしあちらにはコクリュウがおりますよ」

「その黒竜も味方につける算段がついたのだ」

「えっ!? ホントウですか!?」


 おかしい、とレシリードロスは思った。帝王には告げていないが、あそこには聖女がいたのだ。聖女についた黒竜が、同族の殺戮をもいとわないこの帝王にくみすることなど万に一つの可能性もないのである。


 だが――


 それならそれでも構わない。黒竜は恐ろしいが、人間の帝王など取るに足らない生き物である。彼の言う通り、もし本当に黒竜が味方についたならよし。


 そうでなければこんな男は見限って、彼を含む帝国ごと焼き尽くせばいいだけのことだ。


 わざわざ南に出向いて、黒竜に睨まれる危険を冒す必要などない。だからレシリードロスは帝王にこう応えた。


「ワかりました。ワレらにとってイチネンやニネンはマバタきするほどのジカン。グロヘイズサマのオオせのトオりにおマちしましょう」


「ああ、それと済まぬが明日、客人を宗教国家まで送り届けてやってくれ」

「スガタをミられても?」


「構わん。ただ、あちらの領民にまで晒す必要はない。沖合いまで運んでやればよかろう」

「ショウチしました」


 そうして彼は帝王を背を向け、謁見の間を後にするのだった。

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