第三話 赤竜飛来

 ジルギ村のセイナの願いは、結婚式の翌日に父上さまにお伝えしました。そしてすぐにお見合いの場を設けることになったのです。


 ただ、百人もの兵士たちをまとめて休ませるわけにはいきません。そこで非番の五人を一組として、毎週末にジルギ村に向かわせることになりました。


 もちろん、相手が決まれば結婚を前提としてお付き合いを始め、最終的にはジルギ村に移り住むことがお見合いに参加出来る条件です。


 なお、相手が決まっても遊ぶだけ遊んで捨てることがないよう、結婚に至らなければ一年間の減俸処分が科せられます。その間はお見合いへの参加も許されません。


 これは本来なら出入り禁止の村に入ったにも関わらず、なんの成果をあげられなかったことに対する罰という意味合いです。


 ただし、村娘の方から交際を打ち切られた場合はその限りではありません。泣きっ面に蜂では、いくらなんでも可哀想ですからね。


 また、狡賢ずるがしこくわざと嫌われるように仕向けた者に関しては、大変不名誉な領主軍からの除名処分が下されます。判定にはダロワ殿が協力して下さることになりました。


「人間にはご興味がないと仰られておりましたのに、どのような心境の変化ですか?」

『お前の好意を無にするのと同じだからだ』


 ダロワ殿は私ファースト、ブレているわけではなかったようです。


 お見合いに参加するのは毎回五人の兵士ですが、村の娘たちに人数制限はありません。五人対五人にしてしまうと、一組もカップル成立しない可能性があるからです。


 ただし参加する娘は、たとえ第一印象でやってきた五人に興味が持てなかったとしても、自己紹介までは聞かなくてはなりません。それが済めば立ち去ることも可能です。


 会場は結婚式が行われた広場を使うため、祭壇やテーブルなどは撤去せずに置かれたままとなっております。

 ですが用意されるのは飲み水だけ。料理などを出すと、それを目当てに参加する者が出てこないとも限らないからです。


 なお、声をかけるのは兵士からでも娘からでも構いません。相手が被った場合は、声をかけられた方に選択権があります。もちろん全員とお話しするのもアリです。


 首尾よくカップルとなったペアは交際の第一段階として、週に一度デートすることが許されます。場所は石壁の中に限られますが、男女の仲になるのは最低でも婚約が大前提となります。


 もっとも二人が愛し合っていれば、自然にそのような流れになってもおかしくはないので、前提を守らなくとも罰則はありません。ただし、兵士が村にいられるのは午後から日没までです。


『泊まってはならんということか』

「はい。泊まれば飲食が必要になりますでしょう? 結婚して村の住民になったのならいざ知らず、貴重な食料を兵士に費やさせるわけには参りませんので」


『午後からとしたのは何故だ?』

「昼食を村で摂らせないためですわ。帝国は村に必要最低限の物資のみしか配給しておりませんから」


 加えて非常に厳密な話になってしまいますが、兵士は領から給金を得ております。それなのに村が帝国から受けた配給品を口に入れれば、報酬を二重に受け取ったも同然ということになるのです。


 それと結婚して村に住むことになった場合、給金は領預かりとなります。領主軍では武器や防具の類は支給しておりますし、昼食は兵舎の食堂で無料で食べられます。


 さらに外から村に物品を持ち込むことは禁じられているのですから、金銭は必要ないというわけです。


 遠征などでお金が必要となる場合でも領主軍で立て替えておき、後で預かった給金から清算することとしました。


『是が非でも贅沢はさせないということか』


「それがあの村の住民になるということですから。兵士たちも知った上でお見合いに参加しているのです」

『人間とは面倒な生き物だな』


「私もその人間なのですけど」

『お前は特別だ』

「特……あ、ありがとう存じますわ」


 それから一週間後、最初のお見合いが開かれました。ところが残念なことに、カップル成立とはならなかったようです。


 集まった娘は三十人ほどとのことでしたが、兵士五人の自己紹介が終わったところで、残ったのはたったの三人だったそうです。その三人を五人で取り合ってしまったため、娘たちは呆れて帰ってしまったと聞きました。


 翌週のお見合いでは、一組のカップルが成立したそうです。見事に相手を射止めたニムルという二十六歳の兵士の外見は、お世辞にも女性に好かれるようなタイプではないとのこと。しかしその人柄は温厚で、気遣いも人一倍出来るそうです。


「小隊からの推薦で、最初彼はあまり乗り気ではなかったようですわね」

『成果が出たのであればよかったではないか』


「はい。なんでも彼を選んだのは、その日参加した娘たちの中で一番の器量よしだったとか」

『ほう、それは興味深い。我らには想像出来ぬ』


「あら、人は見た目だけでは判断出来ませんわよ。剣の腕は小隊でも群を抜いているとありますし」

『その娘、魂が見えるのやも知れぬな』


「まさか。そんなことあるわけないではありませんか」


 そう言えばダロワ殿は以前、果物屋の女将さんが清い魂の持ち主だと仰っておいででしたわね。ニムルもそうなのでしょうか。


 その時、ダロワ殿の整った眉がピクリと動きました。珍しいこともあるものです。ですがそれに気づけたことに、私はほんの少し浮かれてしまいました。


 ですからイタズラっぽく言ってみたのです。


「ダロワ殿、どうされましたか?」

『客だ』


「お客様ですか? そのような予定はなかったと思いますが……」

『言い方が悪かった。赤竜だ』


「そうですか、せき……赤竜!? ではベッケンハイム帝国に?」

『いや、目的はここのようだ』


 彼は立ち上がると、いきなり私の手を握りました。


『ついてこい』

「え? あ、はい……」


 私たちが邸の外に出てから間もなく、赤いローブに身を包み、額に一本の角と頬の一部に鱗のような模様が見える男性が、ゆっくりと近づいてくるのでした。

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