第二話 少女の願い
兵士ルイスの結婚式当日、私は五十名ほどの領主軍兵に護られてジルギ村に入りました。隣には帝国の騎士服を纏ったダロワ殿がおります。彼のそれは魔法で見せているだけですが。
私が結婚式に赴くために思いついたのは、ジルギ村を帝国皇女として訪問することでした。
「帝国から祝いの品を贈るのです。皇女が参列しても問題はございませんでしょ」
こう言った時のローランドの呆れ果てた表情は、今思い出してもおかしくなります。
ところでこの村では贅沢は許されておりません。それは敗戦国の民として、また戦争犯罪人の遺族として最低限の生活しか保障されていないからです。
とは言え奴隷に堕とされるよりはマシですから、彼らは甘んじて今の境遇を受け入れておりました。
そんな折、帝国からすれば取るに足らないであろう村娘の結婚式に、祝いの酒や甘味、花嫁のドレスまでが贈られてきたのです。村は当然の如く大騒ぎとなりました。
ルイス本人とその家族はもちろん、お相手のヨナさんも贈り物には大層驚いていたとか。そしてドレスを見た彼女は、嬉しさで大泣きしたそうです。
極めつけは私の結婚式への参列で、村人たちの中にはなにか裏があるのではないかと勘ぐる者もいたようです。
失礼な話ですわね。
とにかく私を見ても、跪いたり平伏したりする必要はないと伝えてあります。
それはそうと、村には結婚式の会場に使えるような建物はありません。孤児院は大きくても、大勢の人が一カ所に集まれる広間はないのです。そのため式は野外広場で行われることとなっておりました。
「これより結婚式に先立ちまして、コートワール帝国皇女、シャネリア・リリス・コートワール殿下よりお言葉を賜ります。
では殿下、お願い致します」
木組みで祭壇が築かれ、そこに新郎新婦が仲良く並んでおります。その横に私が立つと、村人たちから一斉に拍手が巻き起こりました。隣に寄り添うダロワ殿を見て、何人かの若い女性は溜め息をついています。
「ただいまご紹介を頂きました、コートワール帝国皇女のシャネリアと申します。新郎のルイスさんは私が治める領の領主軍兵士です。
ルイスさん、ヨナさん、ご結婚おめでとうございます。両家のご両親、ご親族の方々にも、今日の
これからの長い人生、辛く苦しいこともあるでしょう。ですが二人力を合わせれば、どんな困難でも乗り越えていけると私は確信致します。
この度コートワール帝国からお二人の門出をお祝いし、ささやかではありますが贈り物をさせて頂きました。お酒に甘味もありますので、集まった皆さまでお楽しみ頂けましたら幸いです。
ところで私が来るということで、今日は五十人もの兵士が護衛としてついてきてしまいました。お騒がせして申し訳ありません。
ですが実を申しますと、村には女性が多いことが知られておりますので、この倍の人数が志願致しましたのよ。そんなことにうつつを抜かす暇があるようですから、明日から訓練の量を増やすことに致します。
ああ、ルイスさんは例外です。一週間のお休みを差し上げますので、それが終わってからで構いません。
冗談はさておき、お二人の愛がますます深まりますようにお祈りしております。どうか愛情あふれる明るい家庭を築いて下さいね。
あまり長くなってもいけませんので、これをもちまして、私からお二人へのはなむけの言葉と致します。改めてルイスさん、ヨナさん、本日はおめでとうございます。
皆さまには、ご静聴ありがとうございました」
途中笑いが起こったり、騎士たちから焦りの溜め息が漏れたりしましたが、この後は歌を披露する者、寸劇で笑わせる者などで式は大いに盛り上がりました。
そんな式を黙って見守る兵士たちですが、村の娘たちを前に気もそぞろのようです。私の傍には常にダロワ殿がおられますし、仕方がないので彼らには気になる娘さんがいれば声をかけることを許しました。
この村がどういう村か、敵意を持つ者がいることも含めて彼らはちゃんと理解しております。
ですが極端に男手が少ないのも実情です。今は必要があれば門扉を監視する兵士が手を貸しますが、やはり心おきなく頼れる男手はあった方がいいでしょう。
「こ、皇女さま」
「なんでしょう?」
席について余興を楽しんでいた私に、一人の少女が声をかけてきました。村人の何人かが必死に止めようとしていたのですが、ダロワ殿が念話で彼女に悪意はないと教えて下さいましたので、私がそれを制したのです。
駆け寄ろうとした兵士も同様に制しました。
「その、また兵士さまたちとお会いすることは叶いませんでしょうか」
「あら、誰か気になる者がおりましたか?」
「いえ、あの……先ほど皇女さまは、今日の倍の人数が村に来るのを希望していたと言われました」
「ええ。事実ですわよ」
「ご存じの通り、村には若い男性はほとんどおりません。そして村民は村の外に出ることが出来ません。外から村に来る方も数人の兵士さま以外はほとんどいません」
「そうですわね」
「けれど村にはヨナさんと同じように結婚して、子供を産みたいと願っている女の子がたくさんおります。どうかそんな彼女たちにも機会を与えて頂けないでしょうか」
「貴女、お名前は?」
「はっ! し、失礼致しました! 私はセイナと申します!」
「セイナさんですね。願いは分かりました。ですがこの場で即答は出来ませんので、戻ったら父上さま……ライオネル皇帝陛下にお伝えします。沙汰はそれからでもよろしくて?」
「も、もちろんです!」
彼女が機会を願う者の中に、自分を含めていないように聞こえたのは気のせいでしょうか。
それはともかく、領主軍の兵士たちも女性との出会いはあまりありませんからね。私が即断しても父上さまはお許し下さったでしょうけど、やはりこういうことは踏むべき手順を踏んだ方がいいと思います。
それに父上さまも私も、第一の願いは領民たちが幸せになることです。その幸せに繋がるなら、出来ることをやるのは惜しみません。
「あの、皇女さま……」
「まだなにか?」
「いえ、私はどこに行けばよろしいでしょうか」
「どこに、とは?」
「私のような平民、しかも敗戦国の者が許しもなく皇女さまに話しかけると、首を
「はい?」
「でも私の首一つで皆が幸せになれるならと……」
それであれほど村人たちが執拗に止めようとされておりましたのね。ですがそれなら――
「セイナさん」
「は、はい!」
「まず一つ目に、貴女を止めようとしていた村の方たちを制したのは私です。それで貴女が私に話しかけることを許可したことにはなりませんか?」
「へ?」
「次に二つ目ですが、我が国には作法が最重要視される正式な場以外で、皇族に話しかけるだけで首を刎ねるような法はありません」
「それでは……」
「先ほど貴女がお話の中に、ご自分を含めていなかったのは死を覚悟していたからですね?」
「皇女さま……」
「貴女の首を刎ねたり致しませんから安心なさい」
「皇女さま……皇女さまぁ! ふえーん!」
緊張の糸が一気に解れたのか、彼女はその場にペタンと腰を落として泣き出してしまいました。これではまるで私が泣かしたみたいではありませんか。
ま、まあ間違ってはいないのですけど。
結局、直後に見かねた村人たちが彼女を連れていって下さり、式は間もなく終わりを告げるのでした。
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