第四章 赤竜飛来

第一話 ジルギ村

 ベッケンハイム帝国から帰国し、自領に戻って参りました。


 この領の領主軍は現在約三百人。領地の規模からすればずい分と大人数ですが、理由はこの地が新たに新帝国城周辺に拓かれる帝都の護りの要衝ようしょうとなるためです。


 帝都構想は私が領主となってから間もなく発表されました。旧ジルギスタン王国王都を含み、シャネリア領の北に建設中の新帝国城を中心として、ラカルトオヌフの倍の広さに拡張するという計画です。


 それに伴い多くの人が集まってきておりました。拡張が進む土地は元々旧王国の貴族領でしたが、その貴族家は簒奪さんだつ者エリックに加担したため取り潰されております。


 さらに領民男性の多くが殲滅されたジルギスタン・連合王国軍に参加していたため、すでに帰らぬ人となっておりました。


 残っていたのは女性や子供、高齢者がほとんどです。ですから区画整理はあっという間に終わってしまいました。


 実は彼らは戦犯の家族として裁かれるのをとても恐れていたのですが、こちらが用意する新たな村に移転するなら、不自由な生活となる以外の罰は与えないとしたところ、素直に応じてくれたのです。


 村はジルギ村と名づけられ、石壁で囲まれました。特別な事情がない限り、村民は外の街に買い物に出ることすら許されません。


 生活は村内での自給自足を原則とし、食料を含めた必需品で足りない物は帝国からの配給によって賄われます。もちろん贅沢品などは支給されません。


 出入り口は常に門扉で閉ざされ、内外を私の領主軍から派遣した兵士が監視しております。


 とはいえ村民は戦争に行けないような弱い者たちばかりですから、危険を冒してまで村の外に出ようとする者などいるはずがありません。


 そんなわけで兵士と村民の仲は良好で、中には村娘と恋に落ちてしまう者もいるようです。村からも戦争で大半の男性を失っていたので、歓迎されているとのことでした。


「お嬢様、ルイスという兵が、ジルギ村の娘との結婚を望んでいるそうにございます」


 執務室に来て報告を上げてきたのはローランド・オルグス、五十八歳で領主邸の家令スチュワードです。彼はコートワール家に長く仕えてきたベテランで、私にとっては幼い頃から知る優しいおじさまでもあります。


 ですが実は、そのお歳でも近衛隊長と互角に渡り合えるほどの豪傑なのです。


 また、今は治める領地こそありませんが、男爵位を持つ貴族でもあります。その彼が私の邸に送られたのは、ご子息が無事に役目を継いだためでした。


「構いませんわよ。ただし娘は村から出られませんので、共に住むならジルギ村の中になると伝えて下さい」

「かしこまりました」


「それと外から村への勝手な物品持ち込みは許されません。これに背けば、たとえ帝国兵士といえども罰が与えられます」

「心得ていると存じます」


「そうですか。でしたら婚礼のお祝いにお酒と甘い菓子、それと花嫁を彩るドレスを贈りましょう」

「よろしいのですか?」


「慶事ですもの。そのくらいは、ね。贈り主は帝国ということにしましょうか」

「我が国に対する村の心証をよくするよい案かと存じます」


「ではそうして下さい。ドレスは平民のレベルに合わせてあまり派手ではないものを。ただ、帝国からの贈り物となりますので、質のよい生地でお願いします」

「服飾職人にはそのようにお伝え致しましょう」


 ジルギ村にとっては一大事となるでしょうね。村娘と一介の兵士との婚礼に、帝国から祝いが贈られるなど本来ならあり得ません。ですからたとえ実際は私個人が行うとしても、こんなことは後にも先にもこれ一度きりです。


 父上さまには後でご報告しておかなければなりませんわね。


 ところでコートワール帝国が無慈悲ではないことを示す意味合いも込め、父上さまは村に大きな孤児院を建設されました。戦争孤児たちを飢えさせないためでもあります。


 そこで稼ぎ手を失って途方に暮れていた者たちを働かせ、働けない者たちの面倒も見させることにされました。つまり彼らは生活の保障を得る代わりに隔離され、帝国の管理下に置かれることになったというわけです。


 もっともこれだけですと、夢も希望もないように見えてしまいます。ですから父上さまは、孤児たちに教育を施す指針も示されました。


 今現在成人している者たちは、罰という名の下に不自由な暮らしを余儀なくされておりますが、次代を担う子供たちに罪はないというのが父上さまのお考えです。


 そしていずれは教育を受けた者たちに村から出る許可を与え、国に貢献させたいと考えておいでなのだと伺いました。


 確かに親を殺されているのですから、彼らの中には国を恨む者もいるでしょう。そういった子供たちにも教育によって、先に戦争を仕掛けてきたのは前領主がくみした王国軍なのだから、帝国は悪くないのだと教え導くことが出来るのです。


 思惑がどうであったにせよ、です。


 戦勝国の立場として、敗戦国は裁かなければなりません。また、本来なら守ってくれるはずの領主や男たちがいない彼らを放っておけば、心ない者たちから虐げられる可能性もあります。


 ですから彼らを一カ所に集め、石壁で囲んで隔離するしかなかったというのが実情です。父上さまの深い慈悲が、いつか村民たちに伝わることを願って止みません。


 そこに降って湧いたような婚礼話です。私はこれをよい機会と踏んで、父上さまの施策に協力しようと考えたのでした。


「結婚式ですか。よいですわね」

「なりませんよ、お嬢様。お忍びでも……」


「シャネリアハ行キタイノカ?」

「ヴァ、ヴァスキーダロワ殿!? 驚かせないで下さい!」


 さしもの豪傑も、いきなり結界を解いて目の前に現れた彼には肝を冷やしたようですわね。気配すら感じさせないのですから仕方ないことですけど。


「ダロワ殿、ローランドの心臓によくありませんので、ちゃんと扉から入ってきて下さい」

 私は念話で来ると伝えられていたので驚きませんでした。


「ところでダロワ殿、行きたいのか、とは?」

「マタ旅人ノフリヲスレバヨカロウ」


「まあっ! その手がありました!」


「なりません! ジルギ村への無用な出入りは禁止されております!」


「ナラバ姿ヲ見セナケレバヨイダケノコトデハナイカ?」

「それでは共にお祝い出来ませんでしょう?」


「お嬢様! あの村には我が国を恨んでいる者が多数おります。もしお嬢様の身になにかあれば……」

「ダロワ殿がいて下さればそこは問題ありません。そうですわよね、ダロワ殿?」


「無論ダ」

「ですが……」


「そうですわ。でしたらいっそのこと……」


 そこで私はある考えに至りました。これなら簡単ですし、村に出入り出来ないという問題も解決します。


「お嬢様!」


 半ば諦めと嘆きの叫びを上げるローランドを尻目に、私は当日なにを着ていこうかとの考えに更けるのでした。

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