第五話 お茶会

 父上さまが戴冠されてから三カ月ほどが過ぎました。


 コートワールが帝国へと生まれ変わったため、メリカノア大陸の南側は三つの大国が支配することになりました。


 無条件降伏勧告に応じた連合王国の六つの小王国では、王族は王権を剥奪され侯爵位に格下げ。ですが王城にそのまま住むことを許され、引き続き治政の一部を担うこととなったのです。


 ただし、家具や衣類など生活に必要な物を除き財産は全て没収。当然不満は出ましたが、本来なら戦犯として処刑されるところをその程度で済まされたのです。父上さまがそうおっしゃられると、彼らは口をつぐむしかありませんでした。


 また、それぞれの国の貴族たちも男爵以下を除き、一律に降爵こうしゃくされました。公爵及び侯爵は伯爵位に、伯爵は子爵位にといった感じです。


 これは元王族に対する配慮で、一部を除き領地や財産の接収は行わないとのことで納得されました。


 なお問題の一部の方ですが、広大な領地を治めていた古くからある貴族からは、父上さまがお決めになられた基準に従って領地の一部が接収されました。そしてその土地を帝国直轄領として領民に無償で貸し与えたのです。


 当然土地を奪われた貴族から不満の声が上がりました。中でも特にひどかったのが元マルス王国のアントブリオ子爵という豪族でしょう。愚かにも武装蜂起を企てたのです。


 しかし高い税を課して領民を苦しめ、自身は贅沢三昧に暮らしていたため、子爵家はとても嫌われていました。ですから武装蜂起も領民からの密告により未然に防がれ、アントブリオ家は一族郎党皆殺しの上、取り潰しの憂き目を見る結果となったのです。


 この話に尾ひれがついて各地に広がると、貴族たちは不満を口にしなくなりました。ついた尾ひれが少しでも不満を言えば、即座に家が取り潰しに遭うというものだったからです。


 もちろん、実際はそんなことはありません。


 父上さまは元来がお優しい方なので、不満や悪口にもちゃんと耳を傾けて下さいます。父上さまがアントブリオ家を許さなかったのは、武装蜂起になんの罪もない領民が無理やり駆り出されていたからでした。


「皇女殿下、シャネリア皇女殿下」

「え、あ、はい。わたくし?」


 いけません。今はお茶会の最中でした。それにしても皇女殿下なんて、間違いではないのですけど呼ばれ慣れませんわね。


 ここはワグナー男爵家のお庭です。この家のオリビアとは四歳の時に知り合って以来の幼馴染みですの。


 公爵家だった頃、主催した晩餐会に来て下さったのがきっかけでした。二人とも同い年で、すぐに仲よくなって遊ぶようになったのです。


 もうかれこれ十一年のお付き合いですわね。


 お茶会には他にアーガス伯爵家のケイトさん、コークヘム子爵家のハミルトンさんがご参加下さってます。彼女たちも同い年の十五歳です。


 私の正面にオリビアが座り、右側にケイトさん、左側にハミルトンさんというのが定位置で、毎月のお茶会はこの四人が決まったメンバーでした。


「ごめんなさい。少し考え事をしておりました」

「なにかご心配なことでも?」


「いえ、そうではありません。それよりリビィ」


 リビィとはオリビアの愛称です。


「なんでしょう、皇女殿下?」

「それです。その呼び方」

「はい?」


「今まで通り、愛称で呼んで下さい」

「ですが……」


「そのように他人行儀な呼び方をされますと悲しくなるではありませんか」


「うふふ、ごめんなさい。しばらくお会い出来ませんでしたので、少し意地悪をしたくなったんです」

「まあ! リビィったら」


「私は見ていてハラハラさせられました」

「私もケイト様と同じです」


「ケイトさん、ハミルトンさん。悪いのはリビィですからね」


 でもオリビアの言う通りですわね。


 父上さまの戴冠式後の晩餐会でも、私は皇女として壇上にいなければならなかったので、ゆっくりお話しすることも出来ませんでした。


 以降も何かと忙しくて、毎月のお茶会にも半年ほど来られませんでしたもの。

 ですから私は素直にそれを詫びることにしました。


「本当にご無沙汰してしまって、申し訳ありませんでした」


「仕方ありません。色々とお忙しかったでしょうし」

「「そうですよ」」


「ありがとう存じます。それでお詫びのしるしにお持ちした物がございますの。カーラ、あれを」

「かしこまりました、お嬢様」


「ネリィったら、気を遣う必要なんてありませんのに」


 ようやくオリビアが私のことをネリィと愛称で呼んでくれました。婚約破棄のことを口にしなかったのは彼女の優しさです。


「まあ、なんでしょう?」

「楽しみです!」


 しばらくしてカーラがワゴンで運んできたのは、シュー・アラ・クレームという菓子です。キャベツのような形をしたシュー生地の中に、ふんわりとした甘いクレームを詰めた生菓子ですの。


 どちらかというとお酒より甘い物がお好きな父上さまが、戴冠後に歴訪された元連合王国の中の一国で出されたそうで、レシピを持ち帰ってお城の料理人に作らせたのです。


 私はすぐにその味の虜になりました。甘い菓子が苦手な兄上さまたちも、シュー・アラ・クレームだけは好んで口にしています。そう言えばダロワ殿も口にされていましたわね。


 美味しいなどとは一言も仰いませんでしたけど、結界を張ってまで独り占めなさろうとしていたので、きっとお気に召したのだと思います。


「どうぞ、召し上がって下さい」


「まあ!」

「なんて上品な甘さでしょう!」

「ネリィ! これ、とても美味しいです!」


「リビィ、お口の周りにクレームがついておりますわよ」

「し、失礼」


 彼女が顔を横に向けると、後ろに控えていた専属メイドのローラさんがナプキンで口元を拭き取りました。ケイトさんとハミルトンさんの専属メイドも、いつの間にかその手にナプキンを用意しています。


 相手の専属メイドの振る舞いに吹き出しそうになっている二人ですが、彼女たちは自分の背後に控えるメイドが同じ動きをしていることを知りません。ですからこちらまでおかしくなってしまいました。


 そこで私ははたと気づきます。まさかカーラに限ってそんなことはありませんわよね。


 恐る恐る後ろを振り返ると、彼女が白い何かを背に隠す仕草が目に入りました。そして私にならってケイトさんとハミルトンさんも振り返ります。私たちはようやく自身の専属メイドたちの動きに気づいて、途端とたんに笑いが堪えきれなくなりました。


 ところがすでにナプキンのお世話になったリビィだけは、私たちがどうしていきなり笑い出したのか分かっていません。


「何がおかしいのです?」

「お気になさらないで、リビィ」


 この後、互いに持ち寄った菓子を味わい、久しぶりのお茶会を心から楽しむのでした。

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