第三章 黒竜信仰

第一話 戴冠式

 父上さまの戴冠たいかん式には旧公国内貴族は元より、ベッケンハイム帝国やモートハム聖教皇国からも、皇帝や教皇を含む多数の貴族たちが招かれておりました。


 もちろん両大国から彼らを迎え入れるまで、紆余曲折があったことは否めません。旧ジルギスタン王国、連合王国は彼らが虎視こし眈々たんたんと狙っていた領土だったからです。


 それを父上さまが一瞬にして統一してしまったのですから、面白いはずはありません。ですが彼らにとっても、ダロワ殿を始めとする黒竜は脅威でしかなかったのです。


 そしてそれを父上さまが見逃すはずはありませんでした。両国に不可侵条約締結を持ちかけ、まんまと皇帝と教皇を呼び寄せたのです。


 彼らにしてみても、黒竜たちが戦争に手を貸さないことになっているなど知る由もないわけで、この不可侵条約は渡りに船ということだったのでしょう。


 事実はどうあれ、これで自国が黒竜の脅威に晒されることがなくなるのですから当然と言えますわね。


 余談ですが、実はベッケンハイム帝国からは軍事同盟も求められておりました。それを結ばなかったのは、帝国がカラクマラヤ山脈の向こう、メリカノア大陸の北側に目を向けているとの情報があったからです。


 軍事同盟ともなれば、北側侵攻の際に黒竜部隊に対し、援軍が要請されるのは間違いないでしょう。もちろんそんなものに応えることは出来ません。


 話を戴冠式に戻します。


 クリニシカン・セント・モートハム聖教皇国教皇猊下げいかにより、父上さまの頭に帝冠ていかんが被せられました。これで正式に新生コートワール帝国が誕生。父上さまは初代皇帝となられたのです。


 教皇猊下に深く一礼し、父上さまが母上さま、兄上さまたち、そして私を従えてコートワール城のバルコニーに向かわれます。その凛々しいお姿が陽の光に照らされると、集まった民衆は惜しみない声援と拍手で応えてくれました。




「我がコートワール帝国の愛しき民たちよ!」


 ですが父上さまの声が響きわたると、たちまちに水を打ったように静かになりました。


「今、我々は母なるチルフリス、ユリアノス両大河に育まれた豊かな地を共に生きる同志となった!


 だが忘れてはならない! そのために多くの尊き血が流されたということを!


 忘れてはならない! 二度と再び、あのような悲劇を起こしてはならないということを!


 生きている者、死した者を問わず、この地を永遠の安息地としようではないか!


 何者もこれを侵すことを許さない!

 何者に捧げることもない!


 民よ! 誓おう!

 これからは誰もが豊かで幸溢れる国になると! 


 はここに、コートワール帝国初代皇帝として戴冠したことを宣言する!」




 父上さまが拳を高く掲げると、押し寄せた民衆が歓喜に満ちた大きな声援で応えました。


 この後ワイバーン騎兵隊による曲芸飛行、城門前では騎士団のパレード、兵士たちによる演武が行われます。


 また、あらかじめ配布されていた抽選券で当選した者には三日後、城内の食堂で宮廷料理人によるフルコースの夕食が振る舞われるのです。もちろんこの時ばかりは城内は無礼講。礼儀やしきたりを知らない平民でも楽しめるということです。


 当選数は二十と狭き門ではありますが、家族のうち誰か一人でも当選すれば四人までの同伴が認められているので、人数はそれなりの規模となるでしょう。


 さらに残念ながら抽選に漏れた場合でも、はずれ券が記念銅貨の引換券になるのです。


 銅貨自体の貨幣価値は野菜クズさえ買えるほどもありませんが、表側に父上さまのお顔、裏側には向き合った竜の間に剣と盾が描かれた、コートワール家の紋章が刻まれております。


 これは元々公国金貨や白金貨などの特別な貨幣にのみ使われていた図柄で、公国が帝国となった記念に造られました。この余興は民衆を大いに楽しませたと思います。


 他に大きな出来事といえば罪人の恩赦でしょうか。ただ、凶悪な犯罪者を放免するわけにはいきません。そのため素行がよかった者や、鉱山で真面目に働いて罪を償おうという意欲が見えた者のみが恩赦を受けられたのです。



「やはり、同盟は結べぬか」


 不可侵条約の調印が終わったところで、ベッケンハイム帝国皇帝アントデビス・オグニスタ・ベッケンハイム陛下がポツリと呟きました。それに対し父上さまが柔らかく反応します。


「お言葉ですが陛下、たった今この場にて不可侵条約が結ばれました。これで大陸南の三国は条約が破棄されない限り、永遠の平和が約束されたのです。

 それとも陛下は将来に破棄をお考えなのですか?」


「ライオネル殿は余が北への侵攻を謀っているとの噂を耳にしておるか?」

「…………はい」


「クリニシカン殿はどうだ?」

「正直に申し上げるなら、是ですな」


「やはりか。北の間諜は手強いな」

「どういうことですか?」


「それはな、北が流したデマなのだよ」

「デマ、ですか?」


「信じられんのも無理はない。だがな、北のヘイムズオルド帝国は赤竜部隊を擁しているのだ」

「「なんですと!?」」


 皇帝が発した言葉に、思わず父上さまと教皇猊下が椅子を蹴って立ち上がりました。


 もちろん私も兄上さまたちも、声こそ出しませんでしたが驚いたのは言うまでもありません。


 そこでダロワ殿から念話が入りました。さすがにこの場に彼はおりませんが、お城の自室で常に私のことを見守って下さっているのです。


 そして皇帝の話は事実とのことでした。


 赤竜は成体で体長は二十メートルほど。白竜や青竜にも及びませんが、ワイバーンではとても太刀打ち出来る相手ではないそうです。それが少なくとも三十はいると言うのですから、強大なベッケンハイム帝国とて攻め込まれたら一溜まりもないでしょう。


 しかも赤竜は非常に好戦的で、人間が引き起こす戦争に積極的に手を貸しているとのこと。すでに大陸北側は大部分がヘイムズオルド帝国に支配されているようです。


 ただ、それでもダロワ殿なら単騎で赤竜たちを退けることが可能と言います。黒竜と赤竜の力量差を喩えるなら、大型の猛禽類と小鳥のようなものだそうです。そして――


「父上さま、お耳を」

「どうした、シャネリア?」


 私はそこで父上さまのお耳に、ダロワ殿からの伝言をお伝えするのでした。

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